博士号は役に立たない?会社員として取得した僕の答えは「役に立つが,役に立たない」

博士は役に立たない?

「博士号って,会社員の仕事で役に立つの?」

というテーマについて,ヌクレ博士が研究します.

僕はメーカーで技術職として働きながら,社会人博士で博士号を取りました.当時扱っていたのは材料系の研究です.その後も普通に会社員をしていますが,「博士号を取る前と後で仕事のやり方は変わった?」と聞かれたら,答えは簡単です.

まったく変わりません.

博士だから任された仕事もないですし,博士だから相談された記憶もありません.今やっている仕事だけを考えれば,博士号がなくてもまったく同じようにできます.

じゃあ博士号って役に立たないのか.僕の答えはずっとこれです.

学位は役に立つが,役に立たない.

意味が分からないと思うので,では蓋を開けてみよう.

今の仕事だけなら,博士号はなくても困らない

まず実務だけを見るなら,僕の博士号はほぼ役に立っていません.博士号を取ったことで仕事の進め方が変わったわけでもないし,発言が急に信用されるようになったわけでもありません.博士号を持っているからという理由で給料や手当が増えたこともありません.

もちろん,研究職なら違うと思います.博士号そのものが仕事と直結する職種もありますし,海外の研究所や研究職の人と話す仕事なら,博士という肩書きが効く場面もあるでしょう.ただ,少なくとも今の僕の仕事ではありません.

ちなみに僕自身の博士研究は材料系でしたが,今の仕事ではその専門知識を直接使っていません.博士号を取った研究分野と,その後の実務が完全に一致しているわけでもありません.

この感覚は僕だけでもないようです.文部科学省の科学技術・学術政策研究所による博士人材追跡調査では,博士号取得後に「仕事の幅が広がった」と答えた人が35.8%,「仕事における信頼が高まった」が30.1%でした.一方で「特に影響はない」も27.9%います.

博士取った瞬間に,全員スーパー会社員になるわけではないようです.

「博士課程で論理的思考力が身につく」は,社会人博士だと少し違うと思う

博士号のメリットを調べると,「論理的思考力が身につく」「説明力が上がる」「論文を書く力がつく」みたいな話がよく出てきます.もちろん博士課程でそれらの能力が伸びること自体はあると思います.

ただ,もともと持ってないと社会人博士に挑戦できないし,してはならないと思ってます.そのため,力がつくと言う表現には違和感があります.もともとある力が伸びるが私の感覚に近いです.

ただし,ここは前提があります.僕が基本的に話しているのは社会人博士です.学生からそのまま博士課程へ進んだ人は,博士課程そのものが研究者として学ぶ大きな期間になるので,同じ話ではありません.

社会人博士について言えば,僕は「博士課程に入ったら論理的思考力が身につきました」という感覚があまりありません.論理的に考える力,説明する力,論文を書く力.もちろん多少は伸びましたが,そもそも研究実績を作るにはある程度その力が必要です.

博士を持ってたら仕事ができる?

博士号を持っている人と仕事ができる人には,相関はあると思っています.すごく活躍している人を見ると博士を持っていることも多い.でも一方で,博士だけど会社員として全然使い物にならない人も普通にいます.

僕はこれを,「博士を取ったから仕事ができるようになった」とはあまり考えていません.もともと努力を積み重ねられる人,研究成果を出せる人が,そのまま博士号まで取っている影響もかなり大きいと思っています.

相関があっても,博士課程が原因とは限らない.

理系っぽく言えば,そういう話です.

だから「博士号を取れば仕事ができるようになりますか?」と聞かれたら,僕はならないと答えます.そんなことを期待して社会人博士へ行こうとしているなら,むしろ実力不足だと思うので勧めません.

実務では使わないのに,肩書きとしてはかなり役に立つ

では博士号の何が役に立っているのか.僕の場合,一番大きいのは自信です.

別に博士になってから会議で堂々と喋れるようになったとか,判断力が突然上がったとかではありません.単純に「自分は博士号まで取れた」という事実で自己肯定感が上がりました.どの場面で何%効いたと言えるようなものではありませんが,自分の中ではかなり大きいです.

もう一つは肩書きです.博士を持っていると,「ものすごく知識がある人」というより,「そこまでやり切った努力家なんだろう」という印象を持ってもらうことがあります.名刺交換でも「博士なんですね」とよく言われます.少なくとも表面上は好意的です.

腹の中は知りません.

でも話題にはなりますし,覚えてもらうきっかけにもなります.まったく違う仕事へ転職するとしても,僕なら博士号は普通に履歴書へ書きます.自分のオリジナリティになるからです.

あと,博士には「ちょっと変わった人」というレッテルもあります.これは悪い印象とも言えますが,僕はかなり助けられています.会社のくだらない誘いごとを断っても,博士だから変な人なんだろうと処理されるのか,あまり追及されません.

便利です.

海外の研究所や研究職と話す仕事でも,博士号が肩書きとして効くとはよく聞きます.僕自身はそういう仕事をしていないので,ここは実体験ではありません.ただ,日本では企業で働く博士人材がまだ少なく,政府も博士人材の民間企業での活用を課題として扱っているので,国や業界によって博士という肩書きの重みが違うこと自体は不思議ではありません.

博士で出世や給料アップを期待すると,たぶん「役に立たない」になる

ではなぜ「博士号は役に立たない」と言われるのか.僕は単純に,博士号を取ったという理由だけで出世したり,給料が大幅に上がったりしないからだと思っています.

新卒採用では,博士卒を修士卒より上の初任処遇に置く企業もあります.ただし,その差が永遠に続くわけではありません.少なくとも僕が見てきた範囲では,修士卒で入った人が普通に同じ水準まで上がることもあるし,博士を取るより早く上がる人だっています.

だから「博士を取れば出世できる」「学費を給料アップで回収できる」と期待して取ると,かなり肩透かしだと思います.僕自身も博士号を取ったことだけを理由に給与が増えたわけではありません.取得するときに支援があったので,それだけでも十分ありがたいと思っています.

一方で,日本企業が博士を特別扱いしないことが全部悪いとも思っていません.修士で会社へ入り,給料をもらいながら研究実績を積んで,そのあと社会人博士を取る道が成立するのは,ある意味では日本企業のいいところです.

博士だけしか研究所の偉い人になれない世界を作ることもできるでしょう.でも,本当にそれがいいのかは甚だ疑問です.博士号を持っていることと,会社員として優秀なことは同じではありません.

今の仕事を博士号なしでできるかと聞かれれば,僕はできます.でも博士号がなかった場合に今と同じ仕事をしていたのか,今と同じキャリアになっていたのかは分かりません.

博士号と出世については,別の記事で詳しく書きました.尖ってて面白いので読んでください.

https://www.d-life.nucleotide-blog.com/work/phd-career-promotion

つまり,博士号は今の仕事をこなすためにはほぼ使っていないのに,今の場所へ来るまでには何かしら効いていた可能性がある.

だから面倒なんです.

役に立たないと言えば役に立たないし,役に立つと言えば役に立つ.

それでも,取れる力があるなら取った方がいい

ぶっちゃけタイム開始です.

「博士号って実務で役に立たないんですよね.じゃあ取るのやめようかな」

と言われたら,僕はやめとけと言います.

そんなモチベーションの人が取れるほど楽じゃないです.

逆に,取れるだけの研究実績と実力があって,環境も許すなら,僕は博士号は取った方がいいと思っています.実務で使える資格を一つ増やすというより,それまで積み上げたものを学位という形にして残す感覚です.

学費についても,僕は「博士を取ったら何年で回収できるか」みたいな見方をしていません.払えるなら払って取ればいいと思っています.僕の場合,社会人博士をやっている間は忙しすぎて,そもそもお金を使う暇がかなり減りました.全然払えます.

博士を取れば仕事ができるようになるわけではない.博士を取れば自動的に出世するわけでもない.今の仕事だけを考えれば,博士号がなくても困らない.

それでも肩書きとして残るし,自信になるし,転職や異動を含めてキャリアのどこかで効くことがあります.

だから僕の答えは,やっぱりこれです.

学位は役に立つが,役に立たない.

そして,取れる力があるなら取った方がいい.

以上,ご清聴ありがとうございました.

参考資料

  • 文部科学省 科学技術・学術政策研究所「博士人材追跡調査 第4次報告書」
  • 経済産業省「博士人材の民間企業における活躍促進に向けた検討会」関連資料