「社会人博士って,実際どれくらいきついの?」
というテーマについて,ヌクレ博士が研究します.
この記事を書いた人

ヌクレ博士
大企業で技術職として働き,現在は管理職をしています.
技術者としての経験と,実際に人を動かす立場になって感じたことをもとに,出世と評価の違いを研究します.
僕は会社員として働きながら博士号を取りました.終わった今だから言えますが,これから社会人博士へ行こうとしている人に「大変ですか?」と聞かれたら,答えはかなり簡単です.
今思っている10倍くらいきついです.
別に脅したいわけではありません.僕自身は博士号を取ってよかったと思っていますし,取れる人なら取った方がいいとも思っています.でも,「仕事しながら夜と休日に研究すればいいんでしょ?」くらいで考えているなら,たぶん想像している生活と全然違います.
では蓋を開けてみよう.
研究より先に,時間がなくなる

社会人博士で何が一番きつかったかというと,僕は圧倒的に時間不足でした.研究が難しいとか,論文を書くのが大変とか,もちろんそういう話もあります.でも,その前に研究する時間そのものをどこから持ってくるんだという問題があります.
僕の場合は,本業と博士の研究がほぼ別物でした.普通に仕事をして,その外側で研究します.平日は仕事の前後,休日も研究.授業や大学へ行く必要があれば,当然その時間も有給などで捻出します.
当時の生活を雑に書くと,起きる→研究→仕事→家族→研究→寝る,です.休日も,研究するか,家族と過ごしながら前後で研究するかのどちらかでした.
休みどこいった.
本当にずっと「休みが欲しい」と言っていました.仕事と研究が重なる人ならまだ違うと思いますが,仕事,家庭,研究が全部別だと,単純に24時間では足りません.僕は睡眠も削っていました.
感覚としては,自分から望んでブラック企業に入社した感じです.しかも自分で始めたことなので,「会社が悪い」とも言えません.
人のせいにできないブラック企業,かなり辛いです.
家族がいると,研究時間はそのまま家族の時間になる
時間が足りないなら,何かを削ればいい.理屈では簡単です.
でも家族がいると,削られるのは数字ではなく家族との時間です.僕も博士を始める前には,家族へかなり説明していました.極端に言えば,「博士をやっている間はいないものとして扱ってくれ」くらいの気持ちでした.
もちろん,実際に始まったらそんな簡単にはいきません.家事も育児もありますし,子どもとの時間もあります.研究時間を増やせば,その分だけ家族側へ負担が移ります.これは博士を取る本人だけが「覚悟しました」で済む話ではありませんでした.
僕自身,一番申し訳なかったのは家事や育児への参加が減ったことです.家族で過ごしていても頭の中では研究のことを考えていましたし,予定の途中で研究対応のために家へ戻ったこともあります.
博士をやっていた時期を思い返すと,子どもとの思い出が少ない時期があります.当時からそれは分かっていたので,家族との時間を残そうとして睡眠を削ったりもしました.
それでも足りませんでした.
趣味もほぼ消えました.ゲームはやめましたし,映画を見る回数も激減しました.動画配信もほとんど見なくなって,友人と遊ぶこともかなり減りました.
社会人博士をやる前に覚悟した方がいいのは,「忙しくなること」ではありません.
私生活がなくなることです.
だから家庭がある人には,家族の理解が本当に必要だと思っています.「博士を取りたいんだ」と伝えるだけではなく,実際に生活へ負担が出ることまで含めて話して,サポートをお願いしないと厳しいです.
独身なら博士自体が簡単になるわけではありませんが,夜や休日を自分の判断で全部使えるので,少なくともこの問題はかなり小さくなると思います.
「やる気があります」は,あまり信用していない
社会人博士へ進もうとしている時点で,たぶん本人はかなりやる気があります.僕もそうでした.
でも,今のモチベーションが何年もそのまま続く前提で考えない方がいいです.普通に仕事でクタクタになって帰ってきて,そこから研究をする生活が続きます.休日も休まず研究します.
そりゃやる気なくなります.
僕も研究する気になれない日はありました.そういうときは,先に指導教員との予定を入れてしまって,「ここまでに何かやらないとまずい」という状況を作ることもありました.うまく準備できず,普通に怒られることもありました.
それでもまた研究する.
社会人博士に必要な「覚悟」って,僕は精神論ではないと思っています.「博士になるぞ!」と強く願えば取れるという話でもありません.
何かを犠牲にする覚悟です.
仕事も家庭も趣味も睡眠も全部そのまま維持して,空いている時間だけで博士まで取ろうとすると,たぶん空いている時間がありません.
今のモチベーションは継続しない.
覚悟がないなら絶対にやめなさい.
僕は「入ってから頑張る社会人博士」を勧めない
ここはかなり僕の持論です.
僕は社会人博士へ行くなら,先に研究実績を作った方がいいと思っています.「博士課程へ入ってから本気で研究して,博士レベルになればいい」という考え方なら,社会人博士ではなく学生博士として研究へ集中する方がいいです.
研究って,気持ちだけで成果が出る世界ではありません.特に論文は第三者の査読を通ります.研究実績があるというのは,少なくとも研究を成立させて,成果として外へ出すだけの力を一度は示しているということです.
だから僕にとっては,「研究実績がある人」と「研究の素養がある人」はかなり近いです.
博士課程の中でも新しい研究には取り組みました.自分でテーマを決めて,うまくいかない中から結果を作り,最後まで成果へ持っていく経験は大きかったと思います.ただ,博士課程へ入ったことで突然研究者として覚醒した感覚はありません.
忙しい中,持っていた力でなんとかやった.
そっちの方が近いです.
そして研究結果が出たら終わりでもありません.最後は論文にしないといけません.僕はこれがかなり苦手でした.細かいミスを潰して,何度も直して,読める論文として仕上げる.
論文を書く力以外いらないんじゃないか,と思うくらい大事でした.
もちろん大学や研究室によって博士号までの道筋は違います.だからこそ指導教員との相性もかなり重要だと思っています.社会人博士はただでさえ時間がないので,研究の進め方や考え方が合わない先生と何年もやるのはかなりきついです.
ぶっちゃけ,
実績があって,先生との相性もいいなら行け.
僕ならそう言います.
こんなにきつかったのに,博士は取った方がいいと思う

ぶっちゃけタイム開始です.
博士をやっている最中は,「なんで博士なんか取ってるんだろう」と何度も思っていました.楽しかった思い出を聞かれても,あまり出てきません.研究自体には面白いところもあったはずですが,それ以上に大変だった印象が強いです.
終わった瞬間の感想も,「博士になったぞ!」より先に,
やっと終わった.
でした.
ものすごく嬉しかったです.博士になったことより,博士課程が終わったことが嬉しかった.
もし今の僕が,あの大変さを全部知った状態でもう一度選べと言われたら,たぶん無理です.では博士を始める前の自分に全部教えてあげたいかというと,それもしません.
知ってたらやれないと思います.
それでも博士号を取ったことは後悔していません.博士号そのものが今の仕事で毎日役立っている感覚もほとんどありませんが,「博士を取れた」ということ自体は自分の中でかなり大きな自信になっています.
博士号がキャリアや出世へどう影響したかは,別の記事で詳しく書きました.めちゃめちゃ面白いので読んでください.
社会人博士はきついです.少なくとも僕は,気軽に「行けばいいじゃん」とは言えません.家庭があるなら家族の理解が必要ですし,研究実績もあった方がいい.先生との相性も大事です.
でも,条件が揃っているなら博士は取った方がいいと思っています.
何の役にも立たないけど,何かの役に立つ.それが学位です.
以上,ご清聴ありがとうございました.
