映画『オデュッセイア』ネタバレ感想|★★★★★5.0.感想が出てこないほど圧倒された

オデュッセイアネタバレ感想

※この記事は映画『オデュッセイア』(2026)の重大なネタバレを含みます.未鑑賞の方はご注意ください.

「映画『オデュッセイア』は面白かったのか」というテーマについて,ヌクレ博士が研究します.


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ヌクレ博士
ヒーロ映画が大好きおじさん
ドラマの多いヒーロ物に弱い
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映画を観終わったあと,感想が出てきませんでした.つまらなくて何も言うことがない,ではありません.むしろ逆です.めちゃめちゃ面白かった.本当にすごい映画だった.でも,圧倒されすぎて何も言いたくない.黙らされたというか,すぐに「あそこが良かった」「ここが良かった」と喋る気にならなかったんですよね.

妻には帰って早々,

「国宝なんて何もすごくないわ.ハリウッドと日本の差を死ぬほど感じた」

とか言ってました.もちろん,冷静に『国宝』と比較分析した結果ではありません.それくらい映画館で見せられたものの規模とリアルさにぶん殴られて帰ってきた,という話です.

「映画『オデュッセイア』は面白かったのか」というテーマについて,ヌクレ博士が研究します.

評価は★★★★★ 5.0 / 5.0です.

そして困ったことに,「じゃあ何が一番良かったの?」と聞かれても一つに決められません.巨人も,嵐も,キルケーも,トロイも,ペネロペも,最後の戦いも全部違う種類で印象に残っている.どこか一か所がとんでもなく良かったというより,ずっとすごかった映画でした.

この記事を書くにあたっては頑張って色々調べました
ノーラン監督ってやっぱ難しいよね

ちなみに,鑑賞済みノーラン作品11本を並べると,『オデュッセイア』は現時点で4位でした.

リアルな古代戦争映画だと思っていたら,本当に怪物が出てきた

僕は『オデュッセイア』について,ほとんど何も知らずに観ました.ホメロスの作品らしい.紀元前の話らしい.オデュッセウスという名前はどこかで聞いたことがあるような気がする.その程度です.

だから序盤を観ながら,勝手に「昔の生々しい戦争をノーランがリアルに撮る映画なのかな」と思っていました.ゼウスやポセイドンの名前は出てくる.でも,クリストファー・ノーランが本当に神話の怪物までそのまま出してくるのか? そこが全然分かってなかったんですよね.

神話をベースにはしているけど,怪物そのものは出さず,人間同士の戦争としてリアル寄りに描くんじゃないかと思っていました.

それが1つ目の巨人のキュクロプスが出てきたところで全部変わりました.洞窟へ入っていったときも,「この先に敵の集団でもいるのかな」くらいに思っていた.そこに,一つ目の巨人が出てくる.

「あ,そっちもやるんだ」

ここで一気に映画の世界が広がりました.一つ目の巨人自体はいろんな作品に出てくるので,別に珍しい存在ではありません.でも今回のキュクロプスは見たことがない.顔が歪んでいるような,妙に人間っぽさも残っているような,絶妙に気持ち悪いデザインでした.

怪物が出てきたこと以上に,「こんなのが本当にこの世界のどこかに住んでそう」に見えるのが気持ち悪い.そこから巨人も魔女も怪物も普通に出てきます.でも映画全体が急にファンタジー映画っぽくなるわけでもない.ずっと生々しいんですよね.

「映像が綺麗」より,「これどうやって撮ったんだ?」がずっと続く

この映画の映像について「綺麗だった」と書くと,なんか違う気がします.僕が一番感じたのはリアルさでした.

CGを観ている感じがほとんどしない.

もちろん実際にはVFXも使われているようです.ポリュペモス(なんかタコみたいな蜘蛛みたいな海の怪物)も実物の造形や操り人形,俳優の演技など複数の方法を組み合わせて作られていて,VFXを大きく使っている場面もあります.だから「CGを使っていない映画」ではありません.

ただ,観ている最中の僕にはそんな区別は全然つかなかった.

「これ本当に目の前で撮ってるんじゃないの?」

と何度も思いました.海も怪物も嵐も,「映画の中のすごい映像」という一段離れたものではなく,本当にそこで起きているものを見せられている感覚が強かったです.

特に嵐はやばかった.雷の点滅が強すぎて,正直,目がチカチカして見ていられない瞬間までありました.実際,映画公式でも光の点滅について注意が出ています.

これは手放しで「素晴らしい!」と言っていい部分ではないと思います.でも,それくらい映像に殴られる.しかもCGの海が荒れている感じではなく,本当にその海に放り込まれているように見えるから,「すごい映像だなあ」より先に「可哀想」「やばい」となるんですよね.

登場人物が苦しんでいるのを,映像技術として一歩引いて眺めさせてくれない.これがかなり強烈でした.

怪物が怖いというより,全部ちょっと気持ち悪い

この映画の怪物で面白かったのが,単純な「怖い敵」があまりいなかったことです.

例えば,途中で出てくる鎧の巨人の集団(原典でいうライストリュゴネス族にあたると思われるらしい)場面です.最初に子供のような人物が出てきます.そのとき,

「子供のわりに大きいな」

と思ったんですよね.そのあと巨大な連中が現れて,「あー,そういうことかー」となる.ここの見せ方が好きでした.

そしてこいつらが怖いというより,とにかく気味が悪い.普通に人を惨殺するんですが,何で殺してるのかが分からない.何をしたいのかも分からない.何を考えているのかも分からない.

何だこいつら.

残酷な敵なら,「こいつは残酷なやつなんだ」と理解できます.でもこいつらは残酷である理由すらよく分からない.人間側の理屈で理解できない異物感がすごかったです.

そして魔女(これはキルケーと言うそう)のところは,また別方向で気持ち悪い.僕が魔法で人間を別の姿へ変える場面を想像すると,煙がボワッと出て,パッと姿が変わるようなイメージなんですよ.

ところが『オデュッセイア』は違います.食べものに夢中にさせて動きを制限する.口に手を突っ込む.引っ張る.伸ばす.手でぐちゃぐちゃ形を変えていく.

魔法なのに,あんな手動でぐちゃぐちゃするのキモすぎた.

「変身」というより,身体を壊して別のものへ作り直しているように見えます.1つ目巨人もそうですが,神話の怪物や魔法を綺麗なファンタジーへ逃がさず,妙に肉体的なものとして見せてくる.その生々しさがめちゃくちゃ印象に残りました.

トロイの木馬が全然「天才の華麗な作戦」に見えない

トロイの木馬は,さすがに僕でも知っています.でかい木馬の中に兵士を隠して,敵の城へ運び込ませて,夜に中から出て攻める.普通に考えれば,「オデュッセウスすげえ!」となりそうな作戦です.

世界史でも,映画トロイでも見ましたしね.

でも,この映画を観ていて全然そういう気持ちになりませんでした.

映画版ではオデュッセウスの従弟シノンが木馬を供物だと偽り,トロイ側に運び込ませます.そしてシノンは命を落とす.このシノンのくだりもかなりエグい.

しかも木馬の中に入れば終わりではありません.中で苦しむ人間もいる.溺死した人もいると聞くと,ヤバすぎると思います.侵入してから門を開けるまでだって簡単じゃない.城内へ入ったあとには戦争が始まり,女子供まで巻き込まれていく.

「すごく賢い作戦で勝ちました!」

という英雄譚には全然見えないんですよね.成功しているのに,ずっと嫌な感じがする.

観ているときは別に,「これは罪と罰を描いているんだ!」なんて賢そうなことを考えていたわけではありません.ただ,なんか嫌だな,とモヤモヤしながら見ていました.

あとから考えると,この時点でオデュッセウスの勝利に犠牲や罪悪感がくっついていたんだと思います.

シノンについては,原典と映画でかなり扱いが違うので,「シノンとは誰なのか,なぜオデュッセウスがその名を使ったのか」で別に整理します.

アテナが出てくるたび,「なんで神様がいるん?」と思っていた

前知識がなかったので,アテナについても途中まで全然分かっていませんでした.僕は映画を見ながら,「なんで神様出てくるん?」と思っていました.

本当に女神がそこに存在しているのか.オデュッセウスの幻覚なのか.何かの象徴なのか.分からない.

僕が一気に「うわっ」となったのは終盤でした.それまでアテナとして見ていた姿と,トロイで殺された女性のイメージがつながって見えた瞬間です.

「ああ,トロイでやったことが,こんな形でずっと残ってたのか」

と感じました.

これが本当に「アテナの正体は殺された女性だった」という意味ではありません.映画上のアテナはあくまで女神アテナです.ただ僕には,オデュッセウス自身の罪悪感や記憶とアテナが重なって見えた.

オデュッセウスの気持ちが伝わる憎い演出でした.

ペネロペは途中で本当に何を考えているのか分からなくなった

妻ペネロペも良かったです.途中で子どもから再婚を諭されたシーンで(オデュッセウスのせいですが),ペネロペが激怒する場面があります.あそこで,「この人何考えてるんだ?」となりました.

それまでは当然,オデュッセウスを待っている妻として見ています.でも急に感情が見えなくなる.
オデュッセウスを待ってたいのか.復讐に執着してて,単にオデュッセウスに求婚者に復讐をしてほしいのか.

「この人,本当に味方なのかな?」「この話,どうやって綺麗に終わるんだろう?」と,一回分からなくなりました.

そのあと,身分を隠したオデュッセウスとペネロペが話す.お互い全部を明かさないまま会話して,ペネロペが涙を見せる.

そこでやっと,

「あ,この人はこういう気持ちだったんだ」

と分かる.一回ぐちゃっとされた感情を,もう一度戻される感じでした.

こういうのがこの映画,何度もあるんですよね.リアルな戦争映画だと思ったら怪物が出る.トロイの木馬を知略だと思ったら全然気持ちよくない.ペネロペの気持ちが分かったと思ったら分からなくなる.ずっとこっちの予想通りには進めてくれません.

アンティノオスたちはムカつく.でも最後まで完全にはスッキリさせてくれない

そしてイタケへ戻ってからの求婚者たち.中心にいるのがアンティノオスです.こいつらがずっとムカつく.

自ら手を加えないし,外野からやいのやいの言う.おまけに次女と姦通し,弱いものいじめをする.ゼウスの掟なんて大無視です.

だから最後の戦いでは,「絶対勝ってくれ」となりました.ただ,人数差もあるし,どうやって勝つのかは全然分からない.実際,オデュッセウス側も圧勝ではありません.オデュッセウス自身も,普通なら死んでるんじゃないかと思うくらいボロボロになる.

敵を倒す爽快感はちゃんとあります.でも,完全なスカッと映画にはしてくれません.

もっとスッキリさせるなら,もっとぶっ殺せばいいのに.

なのに,敵だけが酷い目に遭って「はい,めでたしめでたし」では終わらない.勝った側まで傷だらけです.こういうところがまた憎いんですよね.

オデュッセウスがこれだけ苦しんだけども,贖罪は終わらない.そういうシーンにも感じました.

求婚者たちがなぜ他人の王宮に何年も居座っていられるのかは,僕も観ながらかなり不思議だったので,「求婚者は映画『オデュッセイア』の求婚者はなぜ王宮に居座る?アンティノオスの目的を整理なぜ王宮に居座る?アンティノオスの目的」で別で調べた結果をまとめます.

そして最後にオデュッセウスが王座を手放す展開も,ホメロスの原典そのままではありません.ここもかなり気になったので,「オデュッセウスはなぜ王座を捨てたのか」で別記事にします.

オデュッセウスは好きになってない.でも最後にはめちゃくちゃ感情移入した

面白いのが,これだけ長い時間オデュッセウスを見ていたのに,「オデュッセウス大好き!」とは全然ならなかったことです.英雄だし,頭もいい.でも,やっていること全部を肯定できる人物でもない.

それなのに旅が続くほど,

「何をしたらこんなひどい目に遭うんや」

と思うようになりました.もういいだろ.帰してやれよ.という感覚です.

トロイアでの虐殺や,出発してすぐに略奪をした事.神を怒らせたことなど,言われてみるとキリはないのですが,ひどいこともたくさんしてるし,自分が一番掟を破ってるんですよね.

シノンにはアンティノオスと並ぶようなひどいことをしている.冷酷だったり向こう見ずだったり,いい意味でもん人間臭く,とにかく失敗の多い人物です.なんか手放しに好きになれない.

これ,ノーラン監督の『オッペンハイマー』にちょっと近いんですよね.オッペンハイマーという人物を好きになったかと言われると,全く好きではありません.でも,その人物がどういう選択をして,何の罪を背負って,どういう人生を送るのかから目が離せない.

『オデュッセイア』のオデュッセウスにも,かなり近い感覚がありました.主人公を好きになることと,主人公へ感情移入することって全然別なんだなと思います.

映画を観たあと,青銅器時代の崩壊まで調べ始めた

この映画,観終わったあとも結構続きます.僕は帰ってから,ゼウスの掟,トロイ戦争がどこまで史実なのか,青銅器時代の終焉,海の民などを調べ始めました.

特に面白かったのが,トロイ戦争と文明崩壊のつなぎ方です.僕には,

「トロイ戦争で自分たち自身が文明の暗黙のルールを壊し,その無秩序が世界に広がっていく」

ように見えました.

これ,すごい解釈だなと思いました.

もちろん,史実として「トロイ戦争が原因で青銅器文明が滅びた」「オデュッセウスたちがそのまま海の民になった」と断定できる話ではありません.青銅器時代末期の崩壊は,気候変動,交易網の崩壊,内乱,移動や侵入など複数の要因が絡んだ出来事として研究されています.

でも映画として,オデュッセウス個人の罪だけではなく,文明そのものが何かを壊してしまったように見せる.そこまで考え始めると,また映画を観たくなるんですよね.

何も知らずに観て,普通にめちゃくちゃ面白かった.そのあと調べても面白い.

じゃあどうすればいいのか.

2回見たらいいのかな.

たぶんこれが正解です.

前知識なしでもいい.むしろ一回知らずに観てほしい

『オデュッセイア』って,原典を読んでから観た方がいいのか?

僕はどっちでも楽しめると思います.僕自身,ほぼ何も知らずに観ました.だからこそ,ポリュペモスが出てきたときに「あ,そっちもやるんだ」と驚けたし,神様なのか幻覚なのか分からないままアテナを見たし,歴史と神話の境界も分からなかった.

分からないから楽しめた部分が普通にあります.

一方で,観終わったあとに調べると,「あれ,そういうことだったの?」が大量に出てくる.

カリュプソが何者なのか,なぜ7年間も島にいたのかもそうです.映画版は「記憶を奪う蓮の実」をカリュプソのエピソードと組み合わせていますが,ホメロスの原典では蓮喰い族とカリュプソは別の話です.この辺は「カリュプソとは?なぜ7年間帰れなかったのか」で整理します.

映画の現在と回想もかなり入り組んでいるので,「映画『オデュッセイア』の時系列」も別に作ります.

ほかにも,変装したオデュッセウスをなぜ犬のアルゴスだけが見抜いたのかは「犬アルゴスはなぜ気づいた?なぜ死んだ?」で,途中で出てくるアガメムノンについては「アガメムノンとは誰?」で調べます.

1回目は何も知らずに映画そのものに殴られる.そのあと調べる.そして2回目で答え合わせをする.そんな観方がかなり合いそうな映画でした.

この話は罪と罰の話ではないか.

最後に映画ってのは人の成長を描くドラマだと思っています.

オデュッセウスはこの長い旅路を経て何が変わったのでしょうか.それは罪に向き合うことだったのではないかと思うのです.

英雄の如き活躍をしたトロイ戦争は「英雄」としての正の側面と「暴力」の罪として
トロイの木馬は「知略」の側面と,神への「不敬」の罪として

アテナの姿は自分の罪を投影してしまう,憎いほど心に残る演出になっています.

長い旅路でオデュッセウスは考えが変わっていくように思うのです

そして罪から向き合うことを避け一度夢の世界に逃げ,カリュプソにとらわれる
それでも心の中にある愛や罪と向き合う覚悟を見つけ,帰郷する.

そして再び旅立つ.

その旅路はどんな未来が待っているのでしょうか.文明は確かに滅びて,そして詩だけが残りました.
オデュッセウスは罪に向き合う旅をしているのだと感じました

まとめ|感想が出てこないくらい圧倒された.★★★★★5.0

映画『オデュッセイア』の評価は★★★★★ 5.0 / 5.0です.上映時間は長いです.雷の点滅は普通にきつかった.分からないことも山ほどある.

それでも★5です.

映像だけがすごかったわけではありません.一つ目の巨人が突然出てきたときの「そっちもやるんだ」という驚き.何を考えているのか分からない巨人たちの異物感.手作業で身体をぐちゃぐちゃに変えるキルケーの気持ち悪さ.成功しているのに全然気持ちよくないトロイの木馬.ペネロペに感情を振り回されて,アンティノオスたちには死ぬほどムカついて,最後までオデュッセウスを完全な英雄として好きにはならない.

そして観終わったら,今度は青銅器時代まで調べ始める.全部,違う種類で面白かった.だから「一番好きな場面は?」と言われても,やっぱり分かりません.

映画が終わった瞬間に残ったのは,綺麗な評論でも考察でもなく,

「何も言いたくない.黙らされた」

という感覚でした.

めちゃめちゃ面白かった.本当にすごい映画でした.

以上,ご清聴ありがとうございました.