※この記事は映画『オデュッセイア』(2026)のラストまで重大なネタバレを含みます.
映画『オデュッセイア』の最後,オデュッセウスは20年かけてようやく故郷イタケへ帰ってきます.
求婚者も倒した.
ペネロペとも再会した.
息子テレマコスとも会えた.
普通なら,
「ついに王様復活!」
で終わりそうなところです.
でもオデュッセウスは王座に座りません.王位をテレマコスへ託し,ペネロペと二人で西の海へ向かいます.
僕があのラストを見て最初に思ったのは,
「西の海に行くって,本当にやりたかったんだな」
でした.
序盤でペネロペが話していた,戦争なんか行かずに二人で西へ行くという未来.
20年前には選べなかった人生を,ようやく最後に選ぶ.
僕にはあのラストが,単なる王位放棄というより,
オデュッセウスの長かった罪と罰が,ようやく終わった場面
に見えました.
映画全体の感想はこちらでまとめています.
映画『オデュッセイア』ネタバレ感想|★★★★★5.0.圧倒されて言葉が出なかった
結論|王座を捨てたというより,もう王座に戻る必要がなくなった
映画版では,オデュッセウスはテレマコスへ王位を譲り,ペネロペとともに西へ航海します.海外報道でも,映画版の結末はオデュッセウスが統治に戻らず,テレマコスがその座を継ぎ,夫婦が「未知の西」へ向かう大幅な改変として整理されています.
ただ,僕はこれを,
「罪を犯したから王になる資格がなく,追放された」
だけでは見ていません.
それだと最後まで罰が続いていることになる.
むしろ逆でした.
トロイア戦争で犯したことを思い出し,仲間を失い,怪物に襲われ,7年間記憶まで失い,ようやく家へ帰った.
そして最後には,自分の過去から逃げずに向き合い,求婚者との戦いまで終える.
そこでやっと,
「もう帰らなくていい」
になったように感じました.
ずっと「家へ帰る」ことだけを目標にしていた男が,家に帰ったあとで,もう一度自分から旅立つ.
でも今度は逃げる旅でも,戦争へ行く旅でもありません.
ペネロペと二人で,自分たちが選んだ方向へ進む旅です.
西の海は,20年前に選べなかった人生だった
このラストが好きなのは,映画のかなり最初とつながっているからです.
戦争へ行く前,ペネロペはオデュッセウスに,
王や戦士として生きるのではなく,二人で西へ逃げてしまおう,
という未来を語っていました.
でもオデュッセウスは戦争へ行く.
そこから10年のトロイア戦争と,さらに10年の帰還の旅が始まります.
つまりあの一言から20年です.
だから最後に二人が本当に西へ向かったとき,
「あれ,本気だったんだ」
と思いました.
単なる綺麗な夕日のエンディングではありません.
20年前に一度捨てた人生を,20年後に拾い直している.
しかも報道によれば,二人の西への航海には,帰れなかった仲間たちを弔う意味も与えられています.
だから完全に「全部忘れて第二の人生!」という明るい終わりでもない.
過去を背負ったまま,それでも次へ進む.
僕にはそこがちょうどよかったです.
なぜテレマコスに王座を渡した?
そしてもう一つ重要なのがテレマコスです.
僕には,オデュッセウスが帰還してからずっと,
息子を見極めている
ようにも見えました.
20年間会っていないんだから当然です.
血がつながっているからといって,どんな人間に育ったのかは知らない.
実際,テレマコスは父親のような圧倒的な戦士ではありません.
でも映画が描いてきたテレマコスの価値って,そこじゃない気がします.
母親を守ろうとする.
父親の帰還を信じ続ける.
求婚者たちに囲まれても,自分なりにゼウスの法と向き合う.
公式でもテレマコスは,父との再会を通じて「少年から大人の男へと成長」し,「狂った世界」の中で自分の正しい居場所を探す人物として説明されています.
だから僕には,
オデュッセウスが自分より強い後継者を探していたのではなく,自分よりまともに次の時代を生きられる人間を見ていた
ように感じました.
これは映画が明言した答えというより,僕の解釈です.
でも,ゼウスの法を破り続けたオデュッセウスの物語の最後に,その法をまだ完全には失っていない息子へ王座を渡す.
そう考えるとかなり綺麗です.
原典ではオデュッセウスは王を辞めない
ここはノーラン版最大級の改変です.
ホメロスの『オデュッセイア』第24歌では,求婚者を殺された家族たちがオデュッセウスへ復讐しようとします.
するとゼウスとアテナが介入します.
ゼウスは,オデュッセウスが求婚者へ復讐を果たした以上,彼をそのまま王として統治させ,双方を和解させるという方向を示します.最後にはアテナが戦いを止め,和平が成立します.
つまり原典はかなり分かりやすい.
オデュッセウスが帰還する → 王座を取り戻す → 神々が秩序を戻す.
これで終わります.
ところがノーラン版は,
オデュッセウスが帰還する → 王座を取り戻せる状態になる → でも座らない.
こっちを選んだ.
この変更,かなり大きいです.
原典のゴールだったはずの「元の王に戻る」を,映画ではゴールにしていません.
オデュッセウスに必要だったのは「元通り」ではなかった
では蓋を開けてみよう.
20年も家へ帰ろうとしていた男が,帰ってきた瞬間また家を出る.
字面だけ見ると,
何してんねん.
です.
でも映画を全部見たあとだと,「元の生活に戻りました」では終われないのも分かります.
トロイは滅びた.
シノンも死んだ.
仲間たちも帰れなかった.
オデュッセウス自身も20年前とは完全に別人になっている.
しかも映画の終盤では,これから青銅器時代の世界そのものが崩れていき,人間はまた過去を忘れて同じ過ちを繰り返すかもしれない,というところまで話が広がります.
そんな男が,
「ただいま!今日からまた王様やります!」
では,さすがに嘘っぽい.
故郷には帰れた.
でも20年前には帰れない.
だからオデュッセウスが最後に選んだのは,昔の自分を取り戻すことではなく,
残った人生をどう生きるか
だったんじゃないかと思います.
僕には「罪と罰が終わった」ラストに見えた
ぶっちゃけタイム開始です.
この映画,ずっとオデュッセウスが罰を受けているように見えました.
トロイの木馬から始まった罪.
ゼウスの法を破ったこと.
殺された人たち.
死んでいった仲間.
海をさまよっている時間そのものが,その罪から逃げられない時間だったように思います.
だから僕は,最後に王座を捨てたところを見て,
「まだ罰を受け続けるんだな」
とは感じませんでした.
むしろ,
ああ,終わったんだな.
でした.
罪が消えたわけじゃない.
殺した人も帰ってこない.
でも,ようやくオデュッセウス自身がそれを認めて,王座にしがみつく必要もなくなった.
そして,自分がいなくても国を任せられる息子がいることも分かった.
だから最後に残ったのが,
20年前にペネロペとやりたかったことだった.
西へ行く.
ここまで3時間近く,「家へ帰りたい」と言い続けた映画なのに,最後の答えが,
「帰ってきたから,今度は二人で出ていこう」
なの,めちゃくちゃ好きです.
まとめ|王座ではなく,やっと自分の人生を選べた
ノーラン版『オデュッセイア』で,オデュッセウスは王座へ戻りません.
代わりにテレマコスへ国を託し,ペネロペと西へ向かいます.
原典ではオデュッセウスが王として残るので,これは映画独自の大きな変更です.
僕にはその理由が,
「罪を犯したから王になる資格がない」
だけには見えませんでした.
20年続いた罪と罰がようやく終わった.
息子が自分とは違う人間としてちゃんと育っていることも確認できた.
そして最後に,自分とペネロペが20年前に望んでいた人生を選んだ.
だからあのラストは「王座を捨てた」というより,
オデュッセウスがようやく王でも戦士でもない人生を選べた
場面だったんじゃないかと思います.
西の海って,本当に行きたかったんだな.
20年かかったけど.
以上,ご清聴ありがとうございました.
