※この記事は映画『オデュッセイア』(2026)の重大なネタバレを含みます.

「映画『オデュッセイア』の犬アルゴスはなぜ死んだ?のか」というテーマについて,ヌクレ博士が研究します.
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ヌクレ博士
ヒーロ映画が大好きおじさん
ドラマの多いヒーロ物に弱い
歴代映画ランキングを是非見てね!
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映画『オデュッセイア』で,めちゃめちゃ泣いたシーンがあります.
オデュッセウスと犬のアルゴスが再会するところです.
僕は原典をほぼ知らずに映画を観たので,アルゴスが有名な犬だということすら知りませんでした.それでも,年老いたアルゴスが物乞いの姿になったオデュッセウスに気づき,最後に撫でてもらって死ぬところで完全に涙腺が終わりました.
「この日まで生きてたんだな」
と思ったんですよね.死んでしまった悲しさより,最後に会えてよかったね,という気持ちの方が圧倒的に強かったです.
では,アルゴスはなぜ死んだのか.なぜ20年ぶり,しかも変装したオデュッセウスに気づけたのか.
原典を調べてみると,意外なことに両方とも明確な答えは書かれていません.そして映画版では,この有名な再会シーンにノーランがかなり大きな改変を加えていました.
作品全体の感想はこちらでまとめています.
映画『オデュッセイア』ネタバレ感想|★★★★★5.0.圧倒されて言葉が出なかった
アルゴスはなぜ死んだ?原典では20年ぶりに主人を見た直後に死ぬ
アルゴスはオデュッセウスの犬です.映画では,オデュッセウスが戦争へ行く前,まだ子犬だったアルゴスを選ぶ場面が描かれています.
そこからオデュッセウスはトロイア戦争と長い帰還の旅へ出て,イタケへ戻るまで約20年.
子犬だったアルゴスは,当然もう老犬です.
ホメロス『オデュッセイア』第17歌でも,アルゴスはかなり悲惨な状態で登場します.主人がいなくなったあと十分に世話されず,糞の山に横たわり,虫にもたかられ,オデュッセウスを見つけても近寄る力すら残っていません.
それでもオデュッセウスを見つけると,尻尾を振り,耳を伏せる.オデュッセウスもアルゴスに気づき,正体を悟られないよう涙を隠します.
そしてアルゴスは,オデュッセウスを見た直後に死にます.
当然原典には,「オデュッセウスに会うために20年間死なずに待っていた」とは書かれていません.「主人に会えて安心したから死んだ」とも書いていない.
身体的には,もう限界だった老犬が主人との再会直後に息を引き取った,というところまでです.
でも僕は映画を観て,そんな冷静には見られませんでした.
この日まで生きてたんだな.
完全にそう見えました.
僕自身ペットを飼っているし,以前は犬も飼っていたので,こういうのはダメです.めちゃめちゃ泣きました.
「死んじゃった」より「会えてよかったね」でした.
なぜ変装したオデュッセウスに気づいた?実は理由は書かれていない
もう一つ気になったのが,なんでアルゴスには分かったのか.
オデュッセウスがイタケを離れたのは,アルゴスがかなり若かった頃です.映画なんて,ほぼ子犬の頃しか一緒にいません.しかも帰ってきたオデュッセウスは,正体を隠すために物乞いの姿をしています.人間たちは気づかない.
なのにアルゴスは気づく.
アルゴス飼ってた側からすると,ここも涙腺に来るんですよね.
「子犬の頃にしか会ってないのに分かるんだ」
って.
ただ,これも原典には「なぜ分かったのか」という答えはありません.アルゴスがオデュッセウスを認識し,尻尾を振ったという事実が描かれているだけです.
原典ではアルゴスが優秀な猟犬で,獲物を追跡する能力にも優れていたことは説明されています.そのため匂いや声で気づいた可能性が高いのです.理由を説明しないのもいいんですよね.
犬だから分かった.
それだけで十分です.
そもそもホメロスの『オデュッセイア』って何?
ここまで普通に「原典では」と書いていますが,そもそも原典って何なんだ,という話です.
『オデュッセイア』は,古代ギリシャの詩人ホメロスの作と伝えられている叙事詩です.叙事詩というのは,ものすごくざっくり言えば,英雄や戦争,冒険などの大きな物語を長い詩の形で語る作品です.
『オデュッセイア』では,トロイア戦争を終えたオデュッセウスが,故郷イタケへ帰るまでの長い旅が描かれます.今回の映画で出てきたキュクロプスのポリュペモス,キルケー,カリュプソ,犬のアルゴスなども,もともとこの物語に登場します.
ただし,約2800年前の作品なので,今の小説や映画みたいに「全部を細かく説明してくれる」わけではありません.アルゴスがなぜオデュッセウスに気づいたのかも,「匂いで分かった」と理由を説明してくれるわけではない.起きたことだけがかなり簡潔に描かれていて,その余白をどう読むかは読者に残されています.
だから映画版との比較では,「原典にそう書いてある事実」と,「原典からそう解釈できること」を分けて見る必要があります.
そしてノーラン版は,その余白にかなり大胆に手を入れています.アルゴスの場面もまさにその一つでした.
原典と映画の最大の違い|アルゴスが父と息子をつないでいる
そして調べて一番驚いたのがここでした.
映画版では,アルゴスがオデュッセウスに反応する様子をテレマコスが見ています.死にかけていた老犬が,謎の物乞いにだけ反応する.オデュッセウスもアルゴスを撫でる.
そこでテレマコスが,「父親」と気づく.
でも原典は違います.
ホメロス版では,アルゴスが登場する第17歌より前,第16歌ですでにオデュッセウスはテレマコスへ正体を明かしています.二人は抱き合って泣き,その後,一緒に求婚者たちを倒す計画まで立てています.
つまり原典のアルゴスは,テレマコスに父親の正体を伝える役割を持っていません.
さらに原典では,オデュッセウスはアルゴスを撫でることもできません.正体を隠さなければならないので,涙を隠しながらアルゴスについてエウマイオスへ尋ねるだけ.
アルゴスは主人を認識する.
オデュッセウスも犬に気づく.
そして,触れ合えないままアルゴスは死ぬ.原典もめちゃくちゃ残酷で,めちゃくちゃ良いシーンです.
でもぶっちゃけタイム開始です.
僕は映画版の方が好きです.
ノーラン版は犬との再会を親子の再会までつなげた
ノーラン版では,原典でも有名だったアルゴスとの再会を残しつつ,そこからテレマコスへつなげています.
アルゴスだけがオデュッセウスを見抜く.その犬の反応を見て,今度はテレマコスがオデュッセウスを見抜く.
犬が父と息子をつないでるんですよね.
すごいねノーラン.
しかも僕が好きなのは,テレマコスが気づいたあとです.
そこで「父上!」とか言わない.オデュッセウスが正体を隠している意味を察して,黙っている.オデュッセウス側も,テレマコスならそうしてくれると信頼しているように見える.
僕には,あそこで親子がお互いを尊敬している感じがめちゃくちゃ伝わりました.
アルゴスの再会だけでも十分泣けるのに,その直後に父と息子の関係まで乗せてくる.
憎い演出です.
映画の時系列そのものがやや複雑なので,「いつテレマコスが父親に気づいたのか」を含めた順番は,映画『オデュッセイア』の時系列を整理|どこまでが現在で,どこからが回想だった?でも整理します.
僕は最初,アルゴスを「敵を嫌いにさせる犬」だと思っていた
ちなみに僕,鑑賞中はちょっと勘違いしていました.
途中でエウマイオスが死んだ犬たちを焼いている場面があります.僕はそれとアルゴスを混同していて,「犬までこんな目に遭わせるのか」と思っていました.
確認すると,焼かれていたのはアルゴスではなく,襲撃で殺されたエウマイオスの別の犬たちです.アルゴス自身も求婚者たちから蹴られるなど酷い扱いを受け,最後には外へ追いやられています.
なので犬は違っていましたが,映画を観ていた僕の感情としては,
「こいつらマジで嫌なやつだな」
を積み上げる材料になっていました.
そもそもノーランって,こういう演出がうまいんですよね.最後に戦うアンティノオスたちを,その瞬間になって急に悪役にするんじゃない.ずっと前から細かく嫌いにさせてくる.
そのため終盤には,もうこっちは完全にオデュッセウス側です.
求婚者たちがなぜ王宮に居座り続けられたのかは,映画『オデュッセイア』の求婚者はなぜ王宮に居座る?アンティノオスの目的を整理で詳しく調べます.
まとめ|アルゴスは「会えてよかった」でいい
アルゴスがなぜ死んだのか.
原典に「オデュッセウスに会えたから安心して死んだ」とは書かれていません.20年後には衰弱しきった老犬になっていて,主人を見た直後に死んだ.そこまでが事実です.
なぜ変装した主人に気づいたのかも,明確な説明はありません.猟犬として追跡能力に優れていたことから匂いや声は考えられますが,原典は答えを決めていません.
でも,映画を観ているとそんな理屈はどうでもよかったです.
この日まで生きてたんだな.会えてよかったね.
それだけでめちゃめちゃ泣きました.
さらにノーラン版では,アルゴスがオデュッセウスを見抜いたことをきっかけに,テレマコスまで父親の正体に気づく.原典では別々だった「犬との再会」と「父子の再会」を一つにつなげています.
原典のアルゴスも十分すごい.
でも僕はこっちの方が好きです.
犬一匹でここまでやるの,ずるいわ.
以上,ご清聴ありがとうございました.
参考資料
Homer, Odyssey, Book 16, Perseus Digital Library
https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0136%3Abook%3D16
Homer, Odyssey, Book 17, Perseus Digital Library
https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0136%3Abook%3D17
Newcastle University, “The dog who waited for Odysseus”
https://www.ncl.ac.uk/press/articles/latest/2026/07/commentargosdogwhowaitedforodysseus/
