会社はなぜ変化を嫌う?現状維持が続くのは「変化コスト」が高いから

会社はなぜ変化を嫌う?

「会社はなぜ変化を嫌うのか?」というテーマについて,ヌクレ博士が研究します.

会社で働いていると,「これ,もういらなくない?」と思う仕事が結構あります.人間が一生懸命書く議事録.全員を同じ時間に集める朝礼.出張から帰ってきてから作る立派な報告用PowerPoint.仕事をするためではなく,仕事をしたことを説明するための形式が山ほど残っている.

僕はこういうのを見ると,かなりすぐ変えたくなります.議事録ならAIでいい.朝礼ならチャットでいい.出張の共有なら帰ってきた勢いで10分しゃべればいい.必要ならその発言をAIに報告書へまとめてもらえばいい.

ところが,変えようとすると出てくるんです.

「誰かが困るかもしれない」

これがめちゃくちゃ強い.まだ誰が困るのかも分からないのに,困る人を想像して,説明して,ネゴして,確認しているうちに何も変わらなくなる.

以前の記事では,会社で新しい挑戦が始まらなくなる理由について書きました.僕の答えは「とにかく小さく始めろ」でした.

https://www.d-life.nucleotide-blog.com/work/company-employees-dont-challenge

今回も結論はかなり近いです.ただし対象が違います.今回は,新しいことを始める話ではなく,古いことをどうやって終わらせるかです.

では蓋を開けてみよう.

会社員は変化が嫌いなのではなく,変化コストを嫌っているのではないか

「人間には現状維持バイアスがある」という話は有名です.SamuelsonとZeckhauserは,意思決定に現在の状態という選択肢があると,人はその状態を選びやすくなることを実験などから示しました.

ただ,僕は会社で起きていることを全部「人間は変化が嫌いだから」で片づけるのは少し雑だと思っています.

変化そのものが嫌いなんじゃない.

変わるために自分が払うコストが嫌なんじゃないか.

この仮説に近い研究もあります.新しい情報システム導入時の抵抗を調べた研究では,切り替えに伴うコストが利用者の抵抗を強める中心的な要因として示されています.新しいやり方を覚える.今までのやり方を捨てる.失敗するかもしれない.周囲に説明する.何か起きたら自分が責任を負うかもしれない.変化にはいろいろな負担が乗っています.

逆に言えば,現状維持は楽です.昨日と同じことを今日もやればいい.新しい説明はいらない.失敗して「あいつが変えたからだ」と言われる可能性も低い.

そりゃ強いわ.

僕も周囲を見ていて,「楽したいし失敗したくないんだろうな」と思うことがあります.変えるのは精神的にも疲れるし,失敗したときにどう見られるかも怖い.だから停滞が一番,脳みそとメンタルには楽なんだと思っています.

でも,楽だから正しいとは限りません.

停滞は退化より悪い.

古い仕組みは,仕事だけでなく人の行動まで古くする

分かりやすいのが朝礼でした.僕のところでは朝礼をやめて,チャット中心にしました.仕事の状況はすでに見えるし,連絡手段もある.だったら全員の時間を毎朝拘束する意味が分からなかったからです.

最初は「チャット見てませんでした」が増えました.でも,しばらくしたら減りました.特別な教育もルール追加もしていません.

人は慣れる.何もしなくていい.

むしろ僕が面白いと思ったのは,朝礼や定例会議があること自体が人の行動を決めていたことです.「次の朝礼で言えばいいや」「次の会議で相談すればいいや」と,コミュニケーションを会議の時刻まで待つようになる.その結果,相談や意思決定まで遅くなる.

すぐ聞く.すぐ話す.すぐ相談する.そういう機会が増えれば,準備なしで説明する力も上がると思っています.もちろん,準備して丁寧に説明する力も必要です.でも,すべての会話にPowerPointを召喚する必要はない.

しかもフレックスタイム制のような柔軟な働き方を導入しているのに,毎朝全員集合の朝礼を残していたら,僕にはかなり不思議に見えます.厚生労働省もフレックスタイム制を,始業・終業時刻を労働者自身が決め,より柔軟かつ効率的に働くための制度として説明しています.

フレックスなのに朝礼がある.

意味わからないよね.

出張報告書も同じです.僕は報告そのものが不要だとは思っていません.必要なのは共有です.出張から帰った直後に10分しゃべればいい.チャットでもいい.そのときの方が記憶も熱量も新しい.

なのに「共有するためのPowerPoint」を作り始めると,報告する仕事とは別に,報告資料を作る仕事が発生します.

こういうのは鮮度の方が大事です.まとめる作業に時間を使うくらいなら,まず話せばいい.記録が必要なら,今なら会話をAIで整理する方法もあります.もちろん,機密情報の扱いやAIの誤りには確認が必要ですが,人間がゼロから全部清書することだけが記録ではありません.

いつの間にか,「目的を達成すること」より「決められた形式を正しく実行すること」が仕事になる.

僕が古いやり方で一番嫌なのは,ここです.

誰かが最初の変化コストを払えば,新しいやり方は勝手に広がることがある

僕はこれまで,議事録をAIで作るようにしたり,「聞くだけの会議には原則参加しない」という方針を出したりしてきました.

最初は普通に反対されました.聞くだけでも情報収集になるとか,何かあったときのために聞いておきたいとか,いろいろ言われます.今でも聞くだけ会議に出る人はいます.

ただ,僕から見ると,聞くだけ会議には「仕事している安心感」もかなりあるように見えます.何かあったときのために参加しておきたい.でも実際には別の仕事をしながら聞いている人も多い.

それ,聞いてるのか?

聞くなら当事者として入ってこいと思っています.

人数が増えれば,さらに発言しにくくなります.小集団の会話については,4人程度を超えると全員で一つの会話を維持するのが難しくなるという研究があります.もちろん業務会議の絶対的な上限が科学的に4人と決まったわけではありませんが,僕も会議はそのくらいの少人数を基本にしたいと考えています.

それ以上は会議と呼ぶな.発表会だ.

面白かったのは,僕らが先にAI議事録や会議のやり方を変えたあと,僕からより広い組織へ積極的に働きかけなくても,同じ方向の方針が広がっていったことです.

もちろん,「僕がやったから広がった」と因果関係までは証明できません.でも僕は,この経験から一つの仮説を持っています.

最初の一人が変化コストを払えば,二人目以降の変化コストは下がるんじゃないか.

最初の人は,使えるか分からないツールを試す.失敗する.怒られるかもしれない.運用を考える.周囲から文句も言われる.めちゃくちゃ面倒です.

でも,一度誰かが成功例を作ったら話が変わります.すでに使い方がある.問題点も分かっている.実績もある.周囲にも使っている人がいる.後から乗る人は,最初の人と同じコストを払わなくていい.

だから僕は,現状維持派を一人ずつ説得して引っ張る必要なんてないと思っています.

周りを先に変えればいい.

新しい状態が普通になれば,置いていかれたくない人は自然についてきます.つまり現状維持バイアスと正面から殴り合うより,現状そのものを書き換えてしまえばいい.

変えたら失敗する.だったら戻せばいい

ここまで書くと,僕が「何でも変えれば成功する」と思っているように見えるかもしれません.

全然そんなことありません.

僕が変えたもの,普通に失敗しています.

情報連携がうまくいかないと思って,会議を逆に2回に増やしたことがあります.うまくいかなかったのでやめました.1時間の会議を30分にして,みんなに要約して話す力を身につけてもらおうとしたこともあります.今度は僕自身が状況を把握しにくくなりました.

さらに,「もう会議そのものがいらないんじゃないか」と思ってなくしたこともあります.

電話がめちゃくちゃ来ました.

個別対応が増えて,今度は集中して仕事をする時間が消えました.会議をなくせば全部幸せになるわけでもなかった.

でも,だから何なんだと思っています.失敗したなら戻せばいい.完全に戻さなくても,うまくいった部分と問題だった部分が共存できる方法を探せばいい.僕の場合はこっちの方が多いです.

小さく変える.失敗する.戻す.直す.少し広げる.そこで本当に困る人が出てきたら,その人と共存できる方法を考える.

この順番でいい.

僕がくだらないと思うのは,まだ存在していない「困るかもしれない誰か」を探すために,変える前から大量の時間を使うことです.事前に全員の賛成を取ろうとしたら,そりゃ変わりません.

実際に変えれば,本当に困る人は出てきます.そのときは話を聞けばいい.場合によっては戻す.多くの場合は,両方が成立する方法を探す.

その結果,少なくとも一歩は前に進みます.

ぶっちゃけタイム開始です.

僕は「変わってる」と言われることがあります.

うざい.

こっちからしたら,変えない方がイカれてるのよ.非効率でダメだと分かっているやり方を,なぜそこまで大事に保存するんだ.文化財か.

もちろん,古いから全部悪いわけではありません.変えてみたら昔の方が良かった,なんて普通にあります.だったら戻せばいい.僕が嫌なのは,「昔からこうだから」という理由だけで検証すらしないことです.

権限がないから変えられない?それこそ現状維持の思考だと思う

僕は今,チーム全体の方針を決められる立場にいます.ただ,細部まで全部僕が決めるつもりはありません.普段はなるべく言わない.ときどきヒントを出す.最後に全体として変えた方がいいものだけ,方針として決める.

方針は僕.細部はみんなの裁量.

そのくらいがいいと思っています.

そして部下には,「1日3回以上,週に3回以上する仕事は全部効率化対象.迷ったらGO」とよく言います.これは研究で導かれた数字ではなく,僕が仕事で使っている基準です.頻繁に繰り返す仕事ほど,小さな改善が積み上がるからです.

一方で,「自分には権限がないから変えられない」と思う人もいるでしょう.

でも僕は,それこそが変えたくない人の思考そのものだと思っています.

本当に変えられないのか.会社全体は無理でも,自分の仕事一つも変えられないのか.誰にも影響しない小さな作業まで許可が必要なのか.

もちろん,権限がなければ変えられない制度もあります.勝手に変えてはいけないものもあります.でも,全部ではない.

評価が下がるかもしれない.嫌われるかもしれない.失敗するかもしれない.それでも一回やってみようという気概があれば,僕はかなりのことができると思っています.

むしろ僕自身は,管理する立場になる前の方が責任が少なかったので,好き勝手に暴れやすかったくらいです.

「偉くなったら変えよう」では遅い.

今変えられるところを,今変えればいい.

会社が変わらないなら,最初の変化コストを誰かが払うしかない

会社が変化を嫌う理由を調べてみると,現状維持を選びやすい心理自体は確かにあります.新しい仕組みへの切り替えには,学習,不確実性,失敗,説明などのコストも伴います.だから現状維持が選ばれるのは,単純に社員が怠けているからとは言えません.

ただ,僕の会社員人生から見ると,ここで全員を説得しようとする必要はないと思っています.

変わりたい人が先に小さく変える.最初の変化コストを払う.失敗したら戻す.問題が出たら直す.うまくいったら少し広げる.

そのうち,新しい方が普通になります.

そうなれば,現状維持したい人にとっての「現状」まで変わる.今度は古いやり方を続ける方が面倒になる.

だから僕は,変化を嫌う人を説得するより,新しい普通を先に作りたい.

この記事の結論はこれです.

心構え:変化を嫌う人を責めるな.最初の変化コストを自分で払って,新しい普通を先に作れ.

君が今日からできること:1日3回以上,または週3回以上やっている仕事を一つ選んで,誰の許可もいらない範囲で今日一回だけやり方を変えてみよう.

以上,ご清聴ありがとうございました.

参考文献・参考資料

・William Samuelson, Richard Zeckhauser, “Status Quo Bias in Decision Making”, Journal of Risk and Uncertainty, 1988.

・Hee-Woong Kim, Atreyi Kankanhalli, “Investigating User Resistance to Information Systems Implementation: A Status Quo Bias Perspective”, MIS Quarterly, 2009.

・Jamie A. Krems, Jason Wilkes, “Why are conversations limited to about four people? A theoretical exploration of the conversation size constraint”, Evolution and Human Behavior, 2019.

・厚生労働省「効率的な働き方に向けて フレックスタイム制の導入」.