「会社はなぜ挑戦しなくなるのか?」というテーマについて,ヌクレ博士が研究します.
この記事を書いた人

ヌクレ博士
大企業で技術職として働き,現在は管理職をしています.
技術者としての経験と,実際に人を動かす立場になって感じたことをもとに,出世と評価の違いを研究します.
僕は仕事で新しいことをやるのがかなり好きです.というより,効率が悪い状態を放置するのが嫌いです.すでにある資料から別の資料へ人間がひたすら転記しているなら,自動化したい.プロジェクト管理が大変なら,新しいツールを試したい.使える情報を増やせば品質が上がりそうなら,試してみたい.
ところが,こういう話をすると始まります.
「そのツールは使えるのか」
「セキュリティは大丈夫なのか」
「前例はあるのか」
「念のため,あそこにも確認した方がいい」
「一度持ち帰りましょう」
もちろん,本当に金がかかるなら検討すればいい.情報を扱うならリスク確認も必要です.僕だって,何でも無許可で突撃すればいいとは思っていません.
でも,本導入どころか小さく試すところまで行かないことがある.新しいことを始めようとすると確認先が増え,どこかで止められる.止められなくても横槍が入る.そのうち,始めようとした本人まで面倒くさくなってくる.
そして蓋を開けてみると,もっと不思議なことがありました.
少なくとも僕の経験では,挑戦した人は別に評価されないわけではない.むしろ評価されると思っています.
じゃあ,なんでみんな挑戦しないんだ?
では蓋を開けてみよう.
会社はなぜ挑戦しなくなるのか.挑戦した人はむしろ評価されるのに,なぜ誰も動かないのか.通常業務の磨きすぎ,「念のため」の確認,失敗への恐れ,最初から大きくしすぎる挑戦の問題を実体験から考えます.
挑戦しない方が評価される,とは限らない

会社員が挑戦しない理由として,「失敗すると評価が下がるから」という説明は分かりやすいです.実際,挑戦よりも失敗回避が合理的になってしまう組織はあると思います.
ただ,僕の経験は少し違います.
僕自身,通常業務だけを無難に回してきたタイプではありません.新しいことをやって,普通に失敗もしてきました.それでも評価されてきた以上,少なくとも僕の周囲では「挑戦したら評価されない」とは思えません.
ただし,ここにはものすごく中途半端な条件があります.
通常業務もちゃんとやったうえで,挑戦もしろ.
これです.
僕の感覚では,普段の仕事なんて60点で十分なものがかなりあります.ところが,失敗したくない人ほど,その仕事を80点まで仕上げようとする.資料を必要以上に磨く.メールを何度も確認する.会議で反対されないように事前の根回しを重ねる.
60点から80点に上げても,大して差がつかない仕事に時間を使う.
そして最後に言うんです.
「新しいことをやる時間がありません」
そりゃないだろ.使ったんだから.
組織学習の研究では,既存の知識や能力を磨くことと,新しい可能性を探索することの間には,資源配分上のトレードオフがあると考えられてきました.既存のやり方を洗練する方が短期的な成果につながりやすく,組織がそちらへ偏りすぎると,新しい可能性の探索が不足することがあります.
僕の「60点を80点にする」という話は,もちろん研究上の数字ではありません.ただ,既存業務を磨くことに時間を使いすぎて,新しいことを試す時間が消えるという実感は,この議論とかなり重なります.
僕は逆に,その20点をなるべく捨ててきました.
60点で問題ない仕事なら,60点で終わらせる.余った時間で新しいことをやる.そこで200点を狙う.
こっちの方が面白いし,差もつくと思っています.
そもそも,大企業では『仕事ができること』と『出世すること』すら完全には一致しない.このあたりは別記事で詳しく書いた.
技術職で出世する人の特徴|評価される人と出世する人は別物だった
「念のため」と大きすぎるビジョンが挑戦の出足を殺す
もう一つ,新しいことを始めにくくしていると感じるのが,確認先の多さです.
何かを試作する.新しいツールを使う.今までと違う方法を試す.そういう話になると,関係者への確認が始まります.僕の経験では,その中の誰かが止めれば止まることがあるし,止まらなくても途中でいろいろな意見が飛んできます.
もちろん,これは僕が経験した組織の話であって,「大企業は全部こうだ」と言うつもりはありません.また,会社の正式な制度として止められているのか,個々の判断者が慎重なのか分からないケースもあります.
ただ,結果として起きることは同じです.
挑戦の開始コストが高くなる.
「やってみよう」と思った瞬間から,説明,確認,資料,調整が始まる.一つずつは必要そうに見えるから厄介です.そして,みんなが魔法の言葉を唱え始めます.
「念のため確認します」
念のため確認する.念のため持ち帰る.念のためもう一人に聞く.その場では決めない.
念のため念のため念のため.
いつやるんだよ.
さらに僕がかなり悪い文化だと思っているのが,最初から挑戦を大きくしすぎることです.
本当は,自分の仕事だけを少し変えればいいことがあります.お金もかからない.自分の裁量でできる.だったら,まずやればいい.しょぼくてもいいし,へぼくてもいい.形にして,実際に効率が上がった実績を作ればいい.
そのあとで,
「これ,僕の仕事ではこんなにうまくいったけど,みんなも使う?」
と広げればいい.
でも,最初から,
「このツールを会社全体で使うべきです!」
とやると,全く別の話になります.
全社で使うなら,当然,費用もセキュリティも運用も他部署との調整も必要になる.関係者も一気に増える.反対理由も一気に増える.
壮大なビジョンを語った本人が,自分で反対者を召喚している.
しかも厄介なのが,本人が小さく始めようとしていても,説明に行くと周囲が勝手に話を広げることです.
「将来的にはどうしたいんだ?」
「もっとあっちの部署とも連携した方がいい」
「全体最適を考えた方がいい」
いや,まだ植木鉢で育ててるんだよ.勝手に森林計画にするな.

僕は,こういう「最初から大きなビジョンを持て」「関係者をもっと巻き込め」という文化も,小さな挑戦を潰していると思っています.
小さな実績を一つ作る前に,大きな説明を求める.だから説明相手が増える.反対が増える.結果,何も始まらない.
挑戦する会社を作りたいなら,大きな夢を語らせる前に,誰にも迷惑をかけない小さな実験をさせた方が早いと思っています.
技術職なのに自分で手を動かさず,調整と外注管理ばかりになる問題も,僕は同じ根っこにあると思っています.
技術職なのに調整ばかり?外注依存で技術が社内に残らない理由
失敗したくないから,発表するまでが長すぎる
僕が若手を見ていて少し怖いのは,現状維持の感覚が若い人にもあるように見えることです.
もちろん全員ではありません.ただ,「新しいことをやりたい」と言う人はいても,実際にはなかなか進まない.やる気はあるように見えたのに,気づいたらその話自体が消えていることもあります.今は僕の方から「やれやれ」と働きかけることもあります.
僕には,その背景の一つに失敗への怖さがあるように見えています.
普段やり慣れた仕事なら80点を取れる.一方,新しい挑戦は200点になるかもしれないけど,当然失敗する可能性もある.だったら,確実に80点を取れる仕事を丁寧に仕上げたくなる.
資料にも同じことを感じます.僕なら,最悪資料なんてなくても明日話せばいいと思うことがあります.でも,「まだ甘い」「もう少し詰めてから」と言って,外へ出すまでにものすごく時間をかけることがある.
僕はこれがもったいないと思っています.
僕のモットーは,
「批判と悪口は宝物」
です.
批判がたくさん来るということは,少なくとも自分の考えが人に伝わって,何か変化を起こしているということでもあります.だったら真摯に受け止めて,批判した人まで最後には賛成してくれるものを作ればいい.その方が,最初から一人で完璧にしたものより良くなると思っています.
だから僕は,批判されないように完成度を上げてから出すより,まず出したい.
会議前の根回しもかなり嫌いです.もちろん必要な調整はある.でも,会議で反対されない状態まで作ってから会議をするくらいなら,もう会議で一発勝負しようよと思っています.
反対されたら,そこで考えればいい.
ぶっちゃけ,挑戦したら普通に痛い目には遭う
ぶっちゃけタイム開始です.
ここまで読むと,「この人は失敗しても怒られない立場だから言えるんじゃないか」と思うかもしれません.
そんなことはありません.
僕も速度を優先して確認を軽くした結果,情報の扱いでかなり危ないところまで行って,めちゃくちゃ怒られたことがあります.新しいことをやろうと別の組織へ飛び込んだものの,自分の知識が足りず,期待した成果を出せないまま案件自体がなくなったこともあります.
反対している人たちとの関係を改善しようとして,逆にさらに揉めたこともあります.僕自身もムキになって,完全に孤立しました.最後はうまくいきましたが,自分一人の力ではなく,誰かに助けてもらったと思っています.
だから,「挑戦して失敗しても何も起きません」なんて言う気はありません.
普通に怒られる.
普通に失敗する.
普通に孤立することもある.
痛いものは痛いです.
それでも僕が慎重派にならなかったのは,かなり性格の問題だと思います.効率が悪いことに我慢できないし,そんなに慎重にやっていて勝てるわけがないと思っています.
そして,どれだけ丁寧にやっても,こぼすものはこぼします.
だったら進めた方が得だ.
挑戦する会社に必要なのは,失敗ゼロではなく小さく失敗できる余白だと思う
ここまで調べてみて,僕は「会社で挑戦が起きない理由」を,単純に評価制度だけの問題にするのは違うと思いました.
少なくとも僕の経験では,挑戦そのものは評価されます.でも,挑戦する前に通常業務を必要以上に磨き,念のための確認を重ね,新しいことを始めるために大量の説明をする.さらに最初から大きなビジョンにして,関係者と反対理由を増やす.
そうしているうちに時間がなくなる.
さらに,失敗したくないから,完成度を高めてから外へ出そうとする.だから批判を受けるのも遅くなる.試すのも遅くなる.失敗するのも遅くなる.
その状態で会社が,
「もっとチャレンジしよう!」
と言っても,そりゃ動かないと思います.
挑戦は,最初から立派である必要なんてない.
しょぼくてもいい.
へぼくてもいい.
まず一個,形にすればいい.
自分の仕事だけ変える.誰の許可もいらない.お金も使わない.そこで小さな実績を作る.それから広げればいい.
僕が部下から「挑戦したいけど,失敗して評価を落とすのが怖い」と相談されたら,
やれると思います.挑戦したいという気持ち以外,最初は何もいらない.
失敗したら僕は評価します.そのうち笑い話にもなる.だから,失敗したときに後悔しないくらい没頭してほしい.
と言います.
そして僕自身,挑戦した回数を成功の数だけでは見ていません.
うまくいったってことは,挑戦してないってこと.
だから僕は,失敗の数で挑戦の数を見る.
もちろん,本当に成功した挑戦まで否定したいわけではありません.僕が見たいのは,成功事例をきれいに並べた数ではなく,失敗する可能性があるところまで何回踏み込んだかです.
心構え:失敗の数こそ挑戦の数.批判は宝物.
君が今日からできること:今日一つの仕事のクオリティを落として,誰の許可もいらない小さな失敗(挑戦)をしよう.
以上,ご清聴ありがとうございました.
参考文献・参考資料
・James G. March, “Exploration and Exploitation in Organizational Learning”, Organization Science, 1991.
・独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX推進指標 自己診断結果 分析レポート」.
・IPA DX SQUARE「なぜDXが注目されている? その理由と課題,DX推進企業の特徴」.
