「『ブルーピリオド』から人生で学べることは何か?」というテーマについて,ヌクレ博士が研究します.
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ヌクレ博士
ジャンプ大好き。ジャンププラス大好き。
感想記事やピンポイント解説を中心に書いていこうと思います。
このシリーズでは,漫画から仕事で学んだことを書いてきました.ヒロアカなら人と本気でぶつかること,Dr.STONEなら適材適所,ワールドトリガーならリーダーとプレイヤーは別物,ハガレンなら肩書きではなく人を見ること.
でも,ブルーピリオドだけはちょっと違います.

僕にとってブルーピリオドは,いい意味で仕事の漫画ではありません.
人生のバイブルです.
「好きなことを好きと言うこと」「努力と才能」「自分の本気を人に見せること」「人の苦しみにどこまで入っていけるのか」.仕事にも当然つながるのですが,もっと根っこの,自分がどう生きたいのかというところを毎回えぐってきます.
しかも,ブルーピリオドに出てくる人たちは,別にきれいに生きていません.八虎は不安だらけだし,世田介は嫉妬するし,龍二は苦しむし,みんな好きなことをやっているのに全然楽しそうじゃない瞬間がある.
そこが好きなんです.
では蓋を開けてみよう.
とその前に仕事に役に立つ漫画はこのランキングから確認しよう!
「好きなことを好きと言う」のは,思っているよりずっと難しい
ブルーピリオドの最初の方で,僕がものすごく好きなのが「好きなことは趣味でいい」という話です.
絵に惹かれ始めた八虎は,絵なんて趣味でやればいい,美大へ行く意味はあるのかと考えます.それに対して佐伯先生は,「好きなことは趣味でいい」という考え方自体が大人の発想なのだと返します.
僕はこの作品を通してずっと流れているのは,「好きなことを好きと言うことの難しさ」だと思っています.
好きならやればいい.文字にすると,ものすごく簡単です.
でも現実には,好きなことほど怖い.下手だったら恥ずかしいし,本気でやって失敗したら逃げ道がなくなります.誰かに「そんなに好きなら仕事にすれば?」と言われるのも怖いし,逆に「趣味でいいじゃん」と言われても,なんだか否定された気持ちになる.
だから,「好き」を隠しておく方が安全です.
仕事でも似たようなことがあります.やりたいことがあっても,「これが好きだからやりたい」とはなかなか言わない.会社にとって意味がある,組織に必要だ,自分の成長になる,みたいな理屈をたくさん載せます.
もちろん理屈は必要です.でも,本当の燃料が「俺はこれがやりたい」なら,そこまで消す必要もないと思っています.
僕自身,会社ではやりたくない仕事をすることもあります.命令ならやります.そこは会社員なので,気持ちまで毎回一致している必要はありません.
僕の中には,そういうときに使う言葉があります.
心は売っても,魂は売らない.
これはブルーピリオドの台詞ではなく,僕自身がよく思っている言葉です.嫌だなと思いながら仕事をすることはある.でも,自分が何を大事にしたい人間なのかまで会社に決めてもらう必要はないと思っています.
そしてブルーピリオド17巻で,再び「好きなことは趣味でいい」という考え方が出てくるのも好きです.最初は美術へ進む八虎の背中を押すために否定された言葉が,あとになって別の意味を持つ.
好きなら仕事にしろ,でもない.好きなら趣味にしろ,でもない.
そのとき,その人に必要な言葉が違うんですよね.
僕も人に何かを言う立場になると,自分が思う「正解」を言いたくなります.でもブルーピリオドを読むと,本当に必要なのは自分の正解ではなく,その人が今必要としている言葉なんだろうなと思います.
分かってはいるんですが,これはかなり難しいです.僕の中ではやっぱり自分の考えが正しいと思っているので,うまくできないことの方が多いです.
だから理想なんです.
本気の説得は,理屈だけでは伝わらない
僕がブルーピリオドで特に好きなのが,八虎がお母さんを描くところです.
美大進学に対して,八虎のお母さんには当然不安があります.学費もかかるし,将来も分からない.そこへ八虎が「好きだから行かせてくれ」と言うだけでは,親として簡単に納得できる話ではありません.
そこで八虎は,お母さんを描きます.
僕はあの場面を,本気の説得だと思っています.
説得というと,普通は理屈を考えます.なぜ必要なのか,どんなメリットがあるのか,将来どうなるのか.仕事ならなおさら,資料を作って数字を並べて,ロジックを固めます.
でも,理由なんて無限に作れるんですよね.
本気ではないことでも,理屈だけならいくらでも作れます.
だから僕は,本気って最終的には行動か言葉でしか伝わらないと思っています.特に,言葉だけでは足りないときに何をするか.
八虎の場合,それが絵だった.自分が今見えている母親を,自分が好きになった絵で描いた.
「これだけ考えている」「これだけ好きなんだ」を,説明ではなく自分の行動そのものとして出している.
僕はあそこを見ると,人を本気で説得したいなら資料を増やすだけじゃダメだよなと思います.
以前,会社で挑戦が起きにくい理由について,最初から大きな説明を作るより,小さくやって実績を見せた方がいいと書きました.
会社はなぜ挑戦しない?「挑戦は評価される」のに誰も動かなくなる理由
これも同じだと思っています.本気なら,まず何かを見せる.小さくても動く.
理屈を100個並べるより,一個の行動の方が伝わることがあります.
「才能がある」は,褒め言葉にも呪いにもなる

ブルーピリオドを語るうえで,努力と才能の話は避けられません.
ただし,ここは分けておきたいです.作者の山口つばさ先生自身は,「努力か才能か」を作品全体の大テーマとして最初から設定していたわけではないとインタビューで話しています.
一方で,読者としての僕にはめちゃくちゃ刺さります.
僕は自分のことを,かなり努力する人間だと思っています.だから,何かがうまくできたときに「才能があるね」と言われると,ちょっと複雑です.
いや,めっちゃやったんだけどな,と思う.
これは,「頑張れ」と同じで難しい言葉だと思っています.
才能があると言われて救われることもあります.「俺はできる」「自分には素養がある」と思えることは,自分を前へ進ませる力になります.僕自身も自分に対して,そういう使い方をすることがあります.
一方で,他人に使うときは少し怖いです.その人が積み重ねてきた努力を,「才能」の一言で消してしまうことがあるからです.
だから僕は,若い人や部下に対して「才能あるね」とはあまり言いたくありません.「ここがうまい」「こういうところに長けている」「こういう素養がある」と,なるべく具体的に言いたいです.
その人が何を持っていて,何を積み上げたのかを見たい.
この話で一番えぐいのが,世田介です.2巻で八虎に「なんでも持ってる人が美術にくんなよ」とぶつけます.
僕は世田介の気持ちがかなり分かります.
世田介にとって美術は,自分が持っている大事なものです.そこへ,人付き合いもできて,勉強もできて,要領よく見える八虎が入ってくる.しかも八虎は努力してどんどん上達していく.
「お前は他にもあるだろ.こっちまで来るなよ」
そう思ってしまう気持ちは,かなり人間らしいです.
僕も似たような黒い感情を持つことがあります.自分が苦労して身につけたものを,明るくて器用で人付き合いもうまい人が軽々と持っているように見えたら,「あっち行けよ」と思うことがあります.
あと単純に妬みですよね.
僕はこういう感情を,無理にきれいにしなくていいと思っています.人間って,こういうどす黒くてえぐい負の感情が一番魅力的だったりします.
世田介が好きなのも,たぶんそこです.
自分が得意なことと,本当にやりたかったことが一致するとも限りません.僕も勉強はそれなりに得意で,その延長線上をずっと進んできました.今の人生が嫌なわけではありません.
でも,ほんとは絵を描いて生きていたかったな,と思うことはあります.
それは今までの人生の否定ではなく,「別の人生もあったのかもしれない」という感覚です.
だから世田介の「なんでも持ってる人がこっちに来るな」という感情は,綺麗ではないけれど,ものすごく分かります.
八虎は不安だから努力する.僕もたぶんそっち側です
ブルーピリオドの八虎を見ていて一番自分に近いと思うのは,不安と行動の関係です.
八虎は,要領がよくて,人に合わせるのもうまい.でも内側ではかなり考えるし,不安になるし,自分が足りないと思えば猛烈に手を動かします.
僕も,不安になると動く方です.
昔,自分は人とのコミュニケーションが苦手だと思って,わざわざ人と話さないと成立しない仕事を選んだことがあります.苦手なら,逃げられない環境へ突っ込めばやるだろ,という発想です.
だいたい自分への当たりが強い.
不安になる.厳しい環境へ自分を入れる.そこで死ぬほど頑張る.そして疲れる.
かなり八虎っぽいと思います.
本当は「好きだからやる」を燃料にできれば一番いいのでしょうが,僕はそこまできれいではありません.むしろ「絶対に許さん」という強い気持ちで動いていることも多いです.失礼なことをされたとか,弱い人が理不尽に扱われたとか,そういうものを見るとかなりエンジンがかかります.
でも,ブルーピリオドが好きなのは,八虎が苦しくなっても結局また手を動かすところです.
何もできない.描けない.自分には才能がないんじゃないか.そうやってぐじぐじしたあとでも,少し描いてみる.すると,また面白くなる瞬間が来る.
僕は絵を描くのが好きなので,ここはかなり分かります.
人を描いてみると,「この人こんな顔していたんだ」と初めて気づくことがあります.何かを作るときって,ただ見るより対象をものすごく見ます.
好きとか面白いとかいう感情が,成果に直接つながる瞬間があります.
だから,ずっと前向きでいる必要はないんだと思っています.ぐじぐじしてもいい.不安でもいい.嫉妬してもいい.
それでも手を動かせばいい.
僕が八虎から一番もらっているのは,たぶんこの感覚です.
龍二の「一緒に溺れる」は,正しく助けることより難しい

ブルーピリオドで,仕事を越えて人生に刺さっているのが龍二の話です.
龍二が苦しんでいるとき,八虎は助けようとします.八虎は優しいし,要領もいいので,必要なものを持ってくることができます.でも龍二から見ると,八虎は「救命道具は持ってきても,自分は海には入らない」人です.
そのあと橋田から,溺れている人の息苦しさや暗さは,溺れた人同士にしか分からないという趣旨の話をされます.
僕はこれがものすごく刺さります.
人が苦しんでいるとき,僕も解決しようとしてしまいます.こうしたらいいんじゃないか,ここへ相談したらいい,これを使えばいい.
救命道具を投げるんです.
たぶん,それ自体は間違っていません.むしろ合理的です.一緒に溺れたら二人とも死ぬかもしれない.助ける側は陸にいた方がいい.
でも,正しいことと,相手が欲しいことは同じではありません.
ただ一緒に苦しんでほしいときがあります.答えはいらない.解決策もいらない.「それはつらいな」と,同じところまで降りてきてほしい.
僕はそれがあまり得意ではないと思っています.
人には助けを求められます.でも,自分が本当に苦しいときに「一緒に溺れてくれた」と思えるほど深く誰かに入ってもらった経験は,そんなに多くありません.逆に僕自身も,他人がそこまで深い話をしてくれる関係を十分作れているかと言われると,自信がありません.
だから,そういう人になりたいと思います.
誰かが本当に苦しいとき,すぐ救命道具だけ投げて終わるのではなく,必要なら少し海へ入れる人でありたいです.
ブルーピリオドって,自分ができていないことばかり出てくるんですよね.
でも僕は,それを読んで落ち込むより安心します.
自分が理想だと思う行動をしている登場人物たちも,みんな苦しんでいるからです.
理想的に生きているから楽なわけではない.好きなことをやっているから毎日幸せなわけでもない.人に寄り添える人は,痛みを知らないわけではない.
むしろ痛いから分かる.
そこがブルーピリオドの優しさだと思っています.
ブルーピリオドは,仕事の教科書ではなく人生のバイブル
この漫画から「仕事で使えること」を抽出しようと思えば,いくらでもできます.努力の仕方,目標設定,量をこなすこと,自分の強み,説得,人との向き合い方.
でも,僕はそれだけで終わらせたくありません.
ブルーピリオドが好きなのは,うまく生きる方法を教えてくれるからではないです.
うまく生きられない人たちが,それでも自分の「好き」をどうにか抱えて生きているからです.
八虎は不安になる.世田介は嫉妬する.龍二は苦しむ.自分が何をしたいのか分からなくなる人もいる.好きなことを仕事にした方がいいのか,趣味のままがいいのかという答えすら,作品の中で一つに固定されません.
僕はそこが好きです.
人生って,たぶんそんなに綺麗に答えが出ません.
努力すれば報われるとも限らない.才能があれば幸せとも限らない.好きなことを仕事にすれば正解でもないし,安定した仕事を選べば間違いでもない.
だから最後は,自分が何を好きなのか,自分が何を大切にしたいのかを,自分で持っておくしかないんだと思います.
会社に従うこともあります.人に合わせることもあります.好きではないことをやる日もあります.
それでも,
心は売っても,魂は売らない.
自分が好きなものまで,他人に決めてもらわない.
ブルーピリオドを読むと,僕はそこへ戻ってきます.
仕事で使えるから好きなんじゃない.漫画として勉強になるから好きなんでもない.
誰にもこの「好き」が理解されなくても,一生読み続けるくらいには大好きです.
以上,ご清聴ありがとうございました.
参考資料
・山口つばさ『ブルーピリオド』講談社.
・講談社「アフタヌーン」『ブルーピリオド』公式作品情報.
・TVアニメ『ブルーピリオド』公式サイト.
・CINRA「映画『ブルーピリオド』原作者・山口つばさ&主演・眞栄田郷敦インタビュー」.
