「技術職なのに事務作業ばかりなのはなぜ?」というテーマについて,ヌクレ博士が研究します.
僕は技術職です.
だから仕事では,技術的な検討をしたり,現場で技術に触れたり,新しい技術について考えたりしたい.別に一日中数式を書いていたいわけではないし,技術者だって会議もするし,人とも交渉します.
でも,たまに思うんですよ.
俺,何のために技術職やってるんだ?
特にそう思うのが,契約まわりの仕事をしているときです.契約に必要な社内資料を作る.契約書を作る.内容を確認する.発注に必要な手続きを進める.場合によっては,それだけで一日が終わることもあります.
いや,技術どこ行った?
しかも,これは単に「面倒だから嫌」という話でもありません.これまで周囲で職場を離れた技術者から,「技術より契約や事務仕事ばかりなのがつらい」という話を何度も聞いてきました.僕自身も,事務作業をしている間はずっと「技術職としてここにいる意味ある?」と思っています.
それでも,なぜかこの仕事は技術者のところに残り続ける.
なぜなのかは,正直分かりません.
では蓋を開けてみよう.
技術者が契約業務までやる会社は,本当に珍しいのか
最初に確認しておきたいのは,これが特定の会社だけに存在する謎文化なのかということです.
調べてみると,そうでもありませんでした.公開されている求人を見るだけでも,技術系の職種が見積内容の確認,金額の査定,価格交渉,契約締結などに関わる例があります.つまり,「技術者なのに商務寄りの仕事までやっている」という構造そのものは,少なくとも一社だけの特殊現象ではありません.
ただし,逆の会社もあります.
調達部門が契約締結,価格査定,価格交渉などを担当し,技術部門とは必要なところで協業する.あるいは法務が契約書の作成・修正・管理を担い,調達購買が価格交渉や契約を担う.そんな分業を明確にしている会社も普通にあります.
つまり,「技術者が契約まで全部やるのが普通」というわけでもない.
会社によって,技術と商務の境界線がかなり違うんです.
ここは大事です.僕は「技術者は契約なんて一切知らなくていい」と言いたいわけではありません.むしろ交渉には技術者も入った方がいいと思っています.
価格と技術条件はトレードオフだからです.
「この仕様ならこの価格になる」「ここを変えれば価格を下げられる」となったとき,技術的に何を譲れて,何を譲れないのかは技術側が判断する必要があります.だから価格交渉の場にも技術者は陪席した方がいい.
でも,価格をどう落とすかという交渉そのものは営業がやればいい.契約書を書いて,社内の契約手続きを回して,商務実務まで技術者が全部背負う必要があるのか.
そこは別の話だと思っています.
一番痛いのは,技術者の時間ではなくモチベーション
この問題について最初に考えたとき,分業すれば技術者の時間が戻るというメリットが思い浮かびます.
もちろん,それもあります.契約関係の仕事だけで一日が潰れることがあるなら,その時間を技術検討や現場作業に使えるようになる.本来やりたい技術の仕事は普通にたくさんあります.
でも,僕が一番大きいと思っている問題は時間ではありません.
モチベーションです.
技術をやりたくて技術職になった人が,毎日のように契約書や決裁資料と格闘する.それが続けば,「俺は何のために技術職やってるんだ?」となるのは,そんなに不思議なことではないと思います.
実際,研究でもエンジニアの仕事内容と離職は無関係ではありません.エンジニアを対象にした研究では,役割の葛藤や曖昧さなどの役割ストレスが,職務満足や感情的な消耗を介して離職意向に関係することが報告されています.別のエンジニア研究でも,仕事そのものの特性や役割上のストレスが,仕事への関与や満足,離職意向と関係していました.
もちろん,これで「契約書を書かせると技術者が辞める」と証明されたわけではありません.そこまで直接的な研究ではないです.
ただ,やりたい仕事と実際に求められる役割がズレ続ければ,仕事への満足度が下がるという構造自体は不自然ではありません.
僕の周囲で聞いてきた「技術をやりたいのに,技術以外の仕事ばかりだった」という退職時の不満とも重なります.
ぶっちゃけタイム開始です.
人が辞めるくらい嫌がってる仕事を,なぜその職種にやらせ続けるんだよ.
僕には本当に分かりません.
「技術者も商売を知るべき」は,本当に全員に必要なのか
こういう話をすると,「技術者も契約や商売を経験した方が成長する」という反論はあると思います.
それ自体を否定するつもりはありません.契約や価格交渉を経験して,技術以外の視点を身につけたい人もいるでしょう.将来マネジメントや事業側へ進みたい人なら,むしろ役に立つかもしれません.
だったら,それがやりたい人にやらせてください.
僕が引っかかるのは,そこです.
「経験すると役に立つ」と「その職種の全員が日常業務としてやるべき」は全然違います.英語ができたら役に立つ.会計が分かったら役に立つ.法律も分かったら役に立つ.営業もできたら役に立つ.全部その通りです.
全部やってたら何の専門家なんだよ.
技術者をジェネラリストに育てたいという考え方が存在すること自体は分かります.でも僕自身は,なぜ今の業務分担が残っているのか本当の理由を知りません.昔から続いているからなのか,役割を組み替えるのが大変だからなのか,別の合理的な理由があるのか.そこは断定できません.
ただ,一つ仮説はあります.
変えるのが面倒なんじゃないか.
仕事を別の職種へ移すなら,受け皿を作って,役割を決めて,人を配置して,ルールを変えて,関係者へ説明しなければならない.最初にそれをやる人には,かなり大きなコストがかかります.
以前,会社が古いやり方を変えられない「変化コスト」の話でも書きましたが,組織は変化そのものより,最初に変える人が払うコストを嫌っているのではないかと僕は考えています.
もしそうなら,「技術者も幅広い仕事を経験した方がいい」という説明は,合理的な人材育成思想である場合もあれば,面倒な業務分担を変えないための便利な説明になっている場合もあるのではないか.
ここは完全に僕の仮説です.
でも,辞める人が出てもなお「昔からこうだから」で残り続けるなら,一回くらい疑った方がいいと思っています.
技術は技術,営業は営業でプロになればいい
では,どう分ければいいのか.
僕の理想は,技術者を商談から追い出すことではありません.むしろ技術者は交渉の場にいた方がいい.仕様,性能,実現可能性,技術条件と価格のトレードオフは,技術者が判断するべき領域だからです.
一方で,価格交渉そのものは営業が主導する.契約書や社内の契約手続きなど,商務として専門性を蓄積できる仕事も営業や調達などの専門側が担う.技術者は必要な技術判断をする.
この方が,僕は双方にとっていいと思っています.
技術者は技術の仕事へ時間を戻せるだけでなく,「技術をやりたくて技術職を選んだ」というモチベーションを守れる.営業側も,契約や価格交渉を自分たちの専門業務として繰り返すことで,商務のスキルを蓄積できる.
さらに,専門性が蓄積されれば,交渉の質も上がるはずです.契約書をたまに書く技術者より,日常的に契約を扱う人の方が,正確さや丁寧さを高めやすいと僕は思います.技術条件で判断が必要になったら,横にいる技術者へ聞けばいい.
技術者に営業までやらせるのではなく,技術者と営業が一緒に交渉すればいいんです.
技術は技術のプロとして交渉を支える.営業は営業のプロとして商売を成立させる.
なぜ一人に全部やらせる.
専門性を高めるために職種を分けたはずなのに,「幅広い経験」という魔法の言葉で全部戻していたら,職種を分けた意味がありません.
違和感は,20年捨てるな
ここまで書いてきましたが,この問題について「じゃあ明日からこうすれば変えられます」という気の利いた解決策はありません.
業務分担そのものの問題だからです.一人の技術者が「今日から契約書を書くのやめます」と宣言したところで,普通に怒られて終わると思います.
だから今回だけは,明日からできることがほとんどありません.
たぶん,ない.偉くなって会社をぶっ壊そう.
もちろん,会社そのものを壊せという話ではありません.昔から残っている意味不明な業務分担を,変えられる立場になったときに壊せという意味です.
そのために大事なのは,今感じている違和感を捨てないことだと思っています.
会社に長くいると,「昔からこうだから」「どこもそんなもんだから」「仕事なんてそんなもんだから」と,違和感を少しずつ飲み込むようになります.その方が楽です.毎回クソ腹立っていたら疲れます.
でも,その違和感は,たぶん組織を変えるための種です.
今は何もできなくてもいい.10年後でも20年後でも,自分が仕組みを変えられる立場になったとき,「そういえば俺,これずっとおかしいと思ってたな」と思い出せればいい.
違和感に慣れて,違和感そのものを失う方が怖い.
心構え:自分の違和感は捨ててはいけない.大事な宝物として20年持ち続けよ.
君が明日からできること:たぶん,ない.偉くなって会社をぶっ壊そう.
以上,ご清聴ありがとうございました.
参考文献・参考資料
・Mohamed et al., “A study on the impact of role stress on engineer intention to leave in Indian construction firms”, Scientific Reports, 2022.
・Igbaria, M., Siegel, S. R., “An examination of the antecedents of turnover propensity of engineers: An integrated model”, Journal of Engineering and Technology Management, 1992.
