「会議の参加者はなぜ多すぎるのか?」というテーマについて,ヌクレ博士が研究します.
会社で働いていると,とんでもない人数の会議に遭遇することがあります.僕が経験した中には,複数の部門をまたいで重要な情報を共有するため,数百人規模が参加するものまでありました.ファシリテーターが進行し,説明者が話し,主に一部の責任者がQAする.参加者の大半はそれを聞いています.
僕も参加します.一応聞いてはいます.でも質問はしないし,普通に内職もします.
じゃあ無価値なのかというと,これが厄介なんです.全体向けの重要な情報がまとまっているので,聞いていれば勝手に情報が入ってくる.便利なんですよ.録画をあとから見ることもできるけど,リアルタイムで流しておけば情報収集が終わる.
だから残る.
ただ,僕はここでずっと引っかかっていました.
それ,本当に「会議」なの?
僕の中ではかなり単純です.
数名なら会議.大人数なら発表会.
大人数の発表会そのものをなくしたいわけではありません.問題は,発表会なのに全員を会議参加者としてリアルタイムで拘束することです.
では蓋を開けてみよう.
大人数になった時点で,それは会議ではなく発表会ではないか
僕が話しやすいと感じる会議は,3〜4人くらいのことが多いです.基本的にずっと誰かが話していて,別の人が横槍を入れる.質問が飛ぶ.話が少し逸れる.それでも全員が会話の中にいます.
ただし,「会議は4人まで」というルールを作りたいわけではありません.僕が大事だと思っているのは人数そのものではなく,全員が自然に発言できるかどうかです.5人でも全員がしゃべるならいいし,3人なのに1人しか話さないならそれも変です.
研究でも,人数が少ない会議の方がエンゲージメントを通じてその後の仕事の成果につながりやすい可能性が報告されています.また,人間の自由な会話は4人程度を超えると維持しにくくなるという研究もあります.ただし,後者は企業会議の「最適人数は4人」と証明した研究ではありません.あくまで,人数が増えるほど相互的な会話を維持するのが難しくなることを考える材料です.
僕の感覚ともかなり合います.
20人くらい集まると,「自分ばっかりしゃべるのもな」と気を使います.オンラインならなおさらです.発言しようとした瞬間に誰かと被って,「あ,どうぞ」と譲ったらそのまま出番がなくなることもある.
人数を増やしたことで,もともと話す気があった人まで話さなくなるんです.
だったら,大人数へ情報を届ける場は最初から発表会と呼べばいい.数百人だろうが構いません.ただし発表会なのだから,全員を必須参加にする必要もないと思っています.部門ごとに1〜2人のキーユーザーだけ必須にする.聞きたい人には自由に門戸を開く.予定は強制的にブロックしない.録画も残す.
それでいいじゃん.
会議の人数が増える理由は,また「念のため」だった
では,普通の会議はなぜ10人,20人と増えていくのか.
僕が一番大きいと思っている理由は二つあります.情報共有も同時に済ませたいこと.そして,その場で何が起きても解決できるように,関係ありそうな人を全部呼んでおきたいことです.
「あの質問が来るかもしれないから,この人も呼ぼう」
「別部署の話になったら困るから,あの人も呼ぼう」
「あとで聞いてないと言われたら面倒だから,とりあえず入れておこう」
また念のためかよ.
これは,会社で新しい挑戦が始まらなくなる理由でも出てきた構造とかなり似ています.失敗したくないから保険を増やす.会議でも,同じことをやっているんだと思います.
しかも,会議の場合は保険として人を増やすほど別の問題が起きます.
参加する側が準備しなくなるんです.
自分で全部答えられるように準備しなくても,詳しい人が会議にいる.分からなければその人に振ればいい.別部署の話になれば,その部署の誰かが答えるだろう.
「あの人いるなら任せよう」
「あの部署の人も聞いてたもんね」
こうやって責任が薄まっていく.
僕はむしろ逆だと思っています.主催者は事前に議題と聞きたいことを展開する.資料もなるべく先に送る.参加者は自分が答えるべきことを責任を持って調べてくる.会議では,事前に解決できなかったことや,その場で新しく生まれた疑問をQAする.
その方が,関係ありそうな人を片っ端から保険として並べるより,会議らしいと思います.
オンライン会議は「ゾンビ参加者」を作りやすい
ぶっちゃけタイム開始です.
僕は「聞くだけ会議」とか「会議をBGMにしています」と言っている人を見ると,かなりムカつきます.
聞いてない会議に時間を潰されるのはマジでクソです.
しかもオンライン会議になって,参加のハードルはものすごく下がりました.会議室の席数という物理的な制約もありません.カメラオフなら表情も見えない.聞きながら別の仕事もできる.呼ばれたらとりあえず入っておくことが簡単になりました.
実際,話を振ってみたら「すみません,電話取ってました」と言われることもあります.
オフラインの会議なら,会議中に電話がかかってきても普通は出ないことが多いと思います.ところがオンラインでは,別の電話をしていても名前だけは会議に残っている.
名前だけ置いてくな.
ただ,僕が「ゾンビ参加者」を嫌う一番の理由は,その人自身が時間を無駄にするからではありません.
話している側の毒になるからです.
人数が多いと,「あの人がいるなら自分が言わなくてもいいか」と思う.「あの部署も参加していたから伝わったよね」となる.誰かに任せようという意識が生まれる.発言する側も,大人数の前では話す量を気にする.
ゾンビ参加者が増えるほど,本来しゃべるはずだった人まで黙っていく.
だから僕は,聞くだけ参加を原則禁止にしたいんです.実際,自分の周囲で「聞くだけ参加は原則やめよう」としたこともあります.
でも半年もすると増えました.
情報共有のため.本人が知りたいから.上司が呼んだから.あとで説明するのが面倒だから.あらゆる理由で参加者が戻ってくる.会議参加には,かなり強い復元力があります.
これは会社が古いやり方を変えられない「変化コスト」の話とも少し似ています.一度ルールを変えても,放っておけば楽な方へ戻る.だから「聞くだけ禁止」と一度宣言して終わりではなく,主催者が定期的に参加者を削る必要があります.
会議に出るなら,一言以上しゃべれ
僕の会議参加ルールはかなり単純です.
参加するなら,一言以上は話せ.話さないなら参加すんな.
質問でもいい.補足でもいい.反論でもいい.判断でもいい.何か一つ,その場へ持ち込む.それがないなら,録画や資料でいいと思っています.
オンライン会議では,参加すること自体のコストが低すぎます.だから逆に,参加したら当事者になるというコストを持たせないと,人数は増え続けると思っています.会議中に別の電話へ出る.ずっと内職する.一言も話さない.それが許されるなら,「空いてるし参加しとくか」が増えるのは当然です.
もちろん,大人数への情報共有まで禁止する必要はありません.
だから会議と発表会を分けるんです.
会議なら,全員が自然に発言できる人数まで絞る.参加者には準備してもらう.その場でQAして,議論して,決める.
発表会なら,大人数でもいい.情報共有が目的なのだから,必要な人だけ必須参加にして,それ以外は自由参加や録画でいい.
情報共有を目的に20人集めて,数人だけが話して,残りがBGMとして聞いている.
それ,会議じゃなくて配信です.
「聞くだけ会議」を一つやめればいい
会社から大人数の場を全部なくす必要はないと思っています.僕自身,数百人規模の情報共有には便利さを感じています.一か所で重要な話がまとまって聞けるのは普通に便利です.
だから問題は大人数ではありません.
会議と発表会をごちゃ混ぜにすることです.
情報を広く届けたいなら発表会にする.リアルタイム参加を必要以上に強制しない.議論したいなら会議にする.参加者を全員が自然にしゃべれる人数まで削る.その場で何でも解決したいからと「念のため」の人間を積み増さない.
そして会議へ出る側も,「呼ばれたから参加しました」で終わらせない.聞くだけなら本当にその時間にいる必要があるのか,一度考えた方がいいと思います.
会議改革なんて言うと大げさです.全社ルールを作る必要もありません.
まず一個でいい.
心構え:数名なら会議.大人数なら発表会.会議に出るなら,当事者として話せ.
君が明日からできること:聞くだけ会議を一つだけ不参加にしよう.
以上,ご清聴ありがとうございました.
参考文献・参考資料
・Jaimie Arona Krems, Jason Wilkes, “Why are conversations limited to about four people? A theoretical exploration of the conversation size constraint”, Evolution and Human Behavior, 40(2), 140-147, 2019.
・Joseph A. Allen, Jiajin Tong, Nicole Landowski, “Meeting effectiveness and task performance: meeting size matters”, Journal of Management Development, 40(5), 339-351, 2021.
