「技術職なのに,仕事が調整ばかりになるのはなぜなのか?」というテーマについて,ヌクレ博士が研究します.
この記事を書いた人

ヌクレ博士
大企業で技術職として働き,現在は管理職をしています.
技術者としての経験と,実際に人を動かす立場になって感じたことをもとに,出世と評価の違いを研究します.
僕は技術職として働いています.研究開発も経験してきましたし,今も技術の仕事をしています.ところが仕事の規模が大きくなるほど増えていくのが,予算調整,決裁,関係者説明,会議,日程調整といった仕事です.
もちろん,大企業で仕事をする以上,調整は必要です.複数の部署や会社が関わる以上,一人ですべてを決めることなんてできません.
でも,最近かなり疑問に思っています.
技術そのものを外へ出しすぎた結果,社員に「調整」だけが残っているんじゃないか?
試験や検証といった実際に技術を触る仕事は外注する.社員はその仕事を発注し,説明し,予算を取り,日程を調整し,結果を確認する.
それ,本当に効率化なんだろうか.
では蓋を開けてみよう.
技術を外注したら,仕事が消えるわけではなかった

外注には当然メリットがあります.人手が足りないときに仕事を進められるし,自社にない設備や専門性も使えます.僕自身,「外注を完全になくせ」と言いたいわけではありません.
ただ,技術作業を外へ出したからといって,社員の仕事がそのまま消えるわけではありません.
仕事の内容が変わります.
試験を自分でやる代わりに,何をやってほしいか説明する.見積もりを取る.予算を確保する.契約する.日程を合わせる.進捗を確認する.結果を受け取って説明してもらう.
つまり,技術作業が「調整業務」に変換される.
アウトソーシングに関する研究でも,外注には発注先を管理するcontrol costや,関係者間をつなぐcoordination costが発生することが指摘されています.外注費だけを見れば安く見えても,発注側の社員が使っている時間まで含めれば,話はそんなに単純ではありません.
僕自身,技術職なのに調整ばかりになる理由の一つは,ここにあるんじゃないかと思っています.
技術を外へ出した.
その代わりに,調整が社内へ残った.
ぶっちゃけ,これでは「技術職の仕事を減らした」のではなく,「技術職を調整職に変えただけ」に見えることがあります.
本当に怖いのは,技術まで外に蓄積すること

でも,僕が外注依存で一番怖いと思っているのは,調整コストではありません.
技術が社内に残らなくなることです.
試験や検証を自分たちでやれば,成功した結果だけではなく,失敗も経験します.「この条件だとうまく動かない」「ここを変えると結果が変わる」「この現象が出たら,まずここを疑う」といった知識は,実際に手を動かした人の中に蓄積していきます.
ところが,その仕事を何年も外へ出し続けると,その経験は外注先に蓄積していきます.自社側に残るのは,仕様書と報告書と説明を受けた記憶くらいになっていく.
アウトソーシングに関する研究でも,外注によって社内の能力を失うcapability lossが大きくなるほど,アウトソーシングそのものの成果が悪化する傾向が報告されています.IPAも,外部依存が強くなりすぎることでノウハウが社内に蓄積しにくくなる問題を取り上げています.
これはかなり怖いと思っています.
専門会社の方が詳しいから,専門会社へ任せる.
任せ続けるから,さらに専門会社の方が詳しくなる.
自社では分からなくなるから,もっと任せる.
さらに自社では分からなくなる.
これ,普通に負のループじゃない?
短期的には外注した方が品質が高いこともあると思います.でも,長期的に自社が「この結果は本当に正しいのか」まで判断できなくなったら,品質そのものを外部企業に握られてしまいます.
僕は,それを強い技術会社とは思えません.
「技術職なのに調整ばかり」は若手にも結構きつい
この構造は,会社の技術力だけの問題でもないと思っています.
少なくとも僕の周囲では,若手から「もっと技術をやりたい」「こんな仕事だと思っていなかった」という声をかなり聞きます.特に新入社員ほど,そのギャップを感じているように見えます.
実機を触りたい.自分で試したい.結果を見て考えたい.原因を切り分けたい.
そりゃそうだと思います.
技術職として入社したんだから.
ところが実際には,技術作業を外へ出し,社員側には予算や日程や関係者の調整が残っている.それで「技術職として成長しています」と言われても,違和感を持つ若手がいて当然だと思います.
もちろん,「調整ばかりだから若手が辞める」とまで一般化するつもりはありません.ただ,入社前に期待していた仕事内容と実際の仕事が大きく違えば,仕事への満足度に影響するのは自然です.
そして最近,僕のチームでは外注していた技術作業の一部を,少しずつ自分たちでやる方向へ戻し始めています.
まだ始めたばかりなので,生産性が何%上がったとか,外注費が何%減ったとか,そんな成果はまだありません.
でも,すでに聞こえてきた言葉があります.
「楽しい」
です.
技術職として入った人が,技術をやって楽しいと言っている.
当たり前なんだけど,その当たり前をわざわざ取り戻さなければならない時点で,何かがおかしい気もします.
これまでは「人が足りないから外注」で仕方なかった
では,なぜこんなに外注するようになったのか.
少なくとも理由の一つは,単純に人が足りないからだと思います.
自社の社員だけでは全部の仕事を回せない.自動化したくても,自動化の仕組みを作れる人がいない.資料を整理するだけでも時間がかかる.判断するために大量の情報を集めなければならない.
だったら外へ出した方が早い.
これは分かります.
僕だって,これまでの時代ならかなり合理的だったと思います.
でも,AIが出てきて前提が少し変わりました.
AIによって,これまで専門的なスキルが必要だった自動化のハードルが下がっています.大量の資料を整理したり,比較したり,判断材料をまとめたりする仕事も速くなっています.IPAの調査でも,AI導入による主要な効果として,業務の効率化や迅速化が報告されています.
ここで重要なのは,AIに技術者の代わりをさせることではありません.
AIに面倒な仕事を食わせて,技術者を技術の仕事へ戻すことです.
これまで10人分の稼働が必要だったから外へ出していた仕事が,効率化によってもっと少ない人数で回せるようになるかもしれない.だったら,「昔から外注している」という理由だけで同じ体制を残す必要はありません.
今こそ,外注前提そのものを疑っていい時代なんじゃないかと思っています.
AI時代は「何を外注するか」より「何を取り戻すか」を考えたい

僕は何でも内製すればいいとは思っていません.
自社ではできない仕事は外へ出せばいい.例えば,自社に製造機能がないのなら,製造まで無理やり抱える必要はありません.また,自社の競争力として蓄積する意味が薄い事務作業なども,外部に任せた方が合理的な場合があります.
僕が取り戻したいのは,自社の技術力や品質判断に直結する仕事です.
試して,結果を見て,考えて,次を決める.
このループを社内で回せることが重要だと思っています.
技術を自社で触れるから,経験が蓄積する.経験があるから,自分たちで品質を判断できる.自分たちで判断できるから,意思決定も速くなる.
そして技術者自身も,「自分は技術をやっている」という実感を持てる.
僕はいま,自分のチームでその方向へ少しずつ変え始めています.急に外注を全部なくすことなんてできません.だから外注する工数を少しずつ減らし,足りない部分を自分たちでやる.その範囲を徐々に広げています.
まだ実験段階です.
でも,僕が最終的に目指している状態はかなり明確です.
今と同等以上の成果を,今の半額以下のコストで出す.
しかも,自社の社員に技術が蓄積している.
そして,社員がノリノリで仕事をしている.
コスト削減だけなら,単なる経費削減です.
僕がやりたいのは,技術を社内へ取り戻しながら,今より安く,今より速く,今より楽しく仕事ができる組織を作ることです.
AI時代になった今なら,それを本気で狙ってもいいんじゃないかと思っています.
「大企業なんだから,外注も調整も仕方ない」
たしかに,全部なくすことはできません.
でも,「仕方ない」と言い続けて,技術職から技術が消えていく方が僕は怖いです.
技術職として人を採用するなら,技術をやれる会社でありたい.
そのために,まず自分たちでできる仕事から取り戻してみる.
僕は今,そこから始めています.
以上,ご清聴ありがとうございました.
参考資料
・Handley, S. M., outsourcingにおけるcontrol cost・coordination costに関する研究,Journal of Operations Management.
・Handley, S. M., outsourcingによるcapability lossと成果の関係に関する研究,Journal of Operations Management.
・IPA「DX動向2025」
・IPA「DX動向2026」
